学長ブログ

112. 総合大学(3)―文理

今日、春の美しい晴れた日に、キャンパスの講堂にて卒業式が行われました。まだ収束が見られないコロナ禍のために、ご家族・関係者の方々にはライブ配信で見ていただきました。卒業生の喜びの顔を見るにつけて、講堂での卒業式が挙行できてよかったという思いです。7つの学部と6つの研究科、文系・理系の枠を超えて、一つのキャンパスで共に学び、総合大学としての一体感を感じた日となりました。

さて、文系・理系の枠を超えて、と言えば、15世紀から16世紀にかけて活躍したイタリア生まれのレオナルド・ダ・ヴィンチのことが思い浮かびます。ルネッサンスの代表的な画家として知られたダ・ヴィンチは、絵を描くにあたり、科学的な真実と向き合っています。例えば人を描くにあたり、人の筋肉や内臓の様子まで調べ解剖図まで残しています。そこまで徹底して観察したからこそ、見る人に感動を与える人物の描写をすることができたのでしょう。

ダ・ヴィンチは、自然物を描くにあたっても、自然現象を描くにあたっても同じように観察することで、科学技術面においても優れた研究成果を残しています。例えば水の流れの描写に際しては、波を観察し、波は発生する場所から伝わっていきますが、水自身が伝わっていくわけではないという波の本質を見出しています。さらに初めて音が波であることを発見したことでも知られています。まさに文と理の両面で活躍した人と言えます。

大学での教育は一つの分野を深く掘り下げながらも、広い教養を背景に持つことが必要だと感じています。細分化しすぎた学問は、文と理が相互に関係し合って発展しています。高等教育に入る前の段階で、文系・理系と分けてしまっては、せっかくの才能の開花が邪魔されてしまうように思うのです。

文理という言葉について考えて見ましょう。広辞苑第7版によると、文理はすじめ、あや、きめとあり、文は武に対して、学問・学芸・文学・芸術などをいうとあり、理は自然科学系の学問とあります。文(01.png、(篆書(てんしょ))という字は、着物を着た正面向きの人が胸を開けているようにも見え、「あや」と読み、きれいな織物の文様(模様)のことを表します。一方、理(02.png、篆書)という字は宝石(玉)の模様の筋目をあらわし、物事の筋道を意味します。人間の皮膚で例えると、表面の細かいあやを表し、肌の肌理(きめ)や手の平の細い線が織りなす模様を連想させます。文、理どちらも模様や筋を表す言葉で、よく観察しないとわからないように、見極めようとする心は同じように思います。ダ・ヴィンチは画家としての道を究めようとして、科学の道にも精通していったのではないでしょうか。

今や、文理の境界はなくなっている、というより学問にとって境界を越えて総合的な観点を持たなければいけないと言うことでしょう。例えば、2020年のノーベル化学賞は生物の遺伝情報にかかわるゲノム編集の研究に対して与えられました。この分野は生理・医学の分野とも関連しており、人間性や人間の心の問題にも関わってきます。ノーベル文学賞作家のカズオ・イシグロは、クローン技術によって生まれる人間や、AIや遺伝子改変技術によって生み出される人間の価値観に焦点を当てた小説を発表しており、ノーベル化学賞の研究と文学が結びついて、学問が発展していくように感じます。

これからの日本における総合大学は、専門分野を学びながら、哲学を含めた、文理を超えた教養が身につくような教育環境を整えていくことが求められるのではないでしょうか。

今回で4年間続いた学長ブログを終わることになります。ブログを読んでくださった皆さん、ありがとうございました。

111. 総合大学(2)―大学 vs ユニバーシティ

アメリカの授業について続けます。アメリカの大学では一つの講義が週に2回または3回行われます。さらに専攻(メジャー)のほかに副専攻(マイナー)が要求されます。私が修得した学位は、Ph.D.(自然哲学博士)で、哲学と言う名前が入っているこの学位の名称を私はとても気に入っています。もし、日本の大学院に進んでいたら、工学博士を取っていたことでしょう。この二つの学位名称を見ると、日本と欧米の高等教育に対する考え方の違いが表れているように思えます。その考え方の違いを理解するために、世界における大学の成り立ちを少し振り返ってみます。

7世紀頃に日本では、官吏養成機関として「大学」が置かれ、貴族の子弟に、四道(しどう)「紀伝(歴史)、明経(みょうぎょう)(儒教古典)、明法(みょうぼう)(律令)、算道(算術)」が教えられていました。9世紀になると、空海が綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)を開き、一般民衆を相手に教育を行っています。庶民のための全人教育であり、総合的教育を目指したものであったようです。 その後に設立されて、16世紀にスペイン人宣教師によって、「坂東の大学」として世界に紹介された足利学校は、全国から学生を集め、学徒3千と言われるほどになり、儒学研究の独自の自由な学風を生んでいました。

10世紀、イスラムの世界では、エジプトのアル・アズハル大学が、誰にでもいつでも門戸を開放するという趣旨から、入学随時・受講随時・退学随時という3原則を掲げたことが知られています。

11世紀末になり、ようやく現在の欧米型「ユニバーシティ」の形につながるものが生まれます。イタリアで、学生が自治組織ウニヴェルシタス(universitas、universityの語源)を作り、学生が教師を雇用するという形でボローニャ大学が生まれ、12世紀には教師の自治組織コレギウム(collegium、collegeの語源)としてパリ大学が生まれます。中世ヨーロッパの大学では基本4科目として、専門分野に相当する神学、法学、医学と、教養科目としてのリベラルアーツがありました。さらにリベラルアーツは初歩的な言論に関する3学(文法、修辞、論理)と、より高度な4学(算術、音楽、幾何、天文)から構成されていました。

15世紀後半には、スウェーデンのユニバーシティであるウプサラ大学が創立されました。ウプサラ市と大学が一体となる形で、キャンパスの機能が市全体に広がっています。私が訪れたときに、これが大学のあるべき姿だと感じたものです。コースによっては学生が運営の中心になっているものもありました。学生のみならず市民も大学で学び、大学が市民の誇りであるように思いました。

17世紀に入り、アメリカで私立のユニバーシティであるハーバード大学ができます。教会とコミュニティのリーダーを育てるため、最初は神学が中心でしたが、19世紀になると多様な社会からの要請を受けて、独立した学部が出来上がり、人文学、法学、医学といった分野へ広がりを見せました。またアメリカでは西に開拓が進むにつれて、州立大学が作られていきます。実学である農学や機械工学が重んじられていました。

明治になって設立される日本の「大学」は、欧米型の「ユニバーシティ」の制度を取り入れているものの、官製の色が濃く、教育の仕方そのものが統制されていきます。それに比べて欧米の「ユニバーシティ」は中世の大学発祥の伝統を引き継いで、学生あるいは教員の目線で運営されているように思えます。

20世紀になると専門分野の細分化が進んでいきます。1901年に始まったノーベル賞でも、物理、化学、生理・医学、文学、経済と分野は明確に分けられるようになりました。しかし、あまりに細分化された学問分野は、総合化の必要性が指摘されはじめ、20世紀後半になると、分野を超えた学問が現れるようになっています。「ユニバーシティ」が学生・教員のニーズに沿って変化していったように、今後、日本の「大学」における学びの在り方も変化していくことでしょう。(続)

110. 総合大学(1)―好児、爺銭を使わず

禅の言葉に「好児(こうじ)、爺銭(やせん)を使わず」という言葉があるそうです。「よくできた子供は、親の財産を使わない」という意味から、禅では師の境地に満足せず、自分自身の境地を開け、と言うことだそうです。哲学者である藤田正勝氏の著述に学びました。この言葉を学問の世界に当てはめると、知識や考え方は時代と共に変化するので、弟子は師の教えを受け継ぐだけではなく、自ら学びを深め、独自のものを築きあげなくてはならない、と言えるでしょう。この言葉から、私自身の米国留学経験を思い出しました。

私が留学したのは、日本が経済成長のさなかで、GDPがヨーロッパ諸国を超えて、アメリカに次ぐ第2位となったころです。プラズマの研究で最先端を行く教授が日本に来られたときにお会いして、指導を仰ぐことにしたのです。大学院生になることができても博士候補生となるために、専攻で定められた基礎5科目について、筆記試験と口頭試問に合格しなければなりませんでした。その準備のために日本から多くの参考書を携えて行きました。しかし、それらは全くと言っていいほど役に立たなかったのです。持参した日本語の参考書は、日々進歩する学問の知識や内容に追いついていっておらず、時代遅れとなっていたからです。そのため、大学院の授業を取りながら、学部の授業も聴講して試験に備えました。

試験に合格して、プラズマの研究を始めると、世界的に有名な指導教授は海外出張が多く、ほとんど研究指導を受けられる時間がありませんでした。しかし、その結果、教授の問題提起を受けて、自ら考え理論を組み立てたからこそ、博士論文に繋がっていったと思います。指導を受ける機会が少なかった分、自分で論文を読み、学んだものでした。博士候補生になるための試験も厳しかったのですが、論文審査を含む最終試験も、相当に厳しいものでした。

博士号取得後、カナダでの研究生活を経て、アメリカの大学に戻り教育研究に携わることになりました。学科の必修科目は何でも教えることが要求されたので、教育の分野においても自分の専門であるプラズマを超えて広がっていきました。

学生は授業の前に教科書を読み事前に予習をしてくるので、授業においては教科書の内容を繰り返す必要はありません。教科書を「爺銭」とするならば、学問の進展を教師も学び、教壇に立って教科書を超えた新しい学問の展開を話すことになります。それが「爺銭を使わず」ということなのでしょう。従って、授業は教師の一方的な講義でも、単なる質疑応答でもなく、意見交換の場となるのです。教師と学生の相互作用が、授業の在り方を決めていきます。中部大学の学生が米国短期留学から帰ってくると、大きな刺激を受けたと言うのは、こうした授業展開によって、学びというものを自分のものにするすべを身に着けたからではないでしょうか。

日本とアメリカの大学の違いを理解するためには、大学の成り立ちを振り返ってみる必要がありそうです。(続)

109. ウロボロスの蛇

梅の便りも聞こえてくる、立春に次ぐ二十四節気の二つ目である「雨水(うすい)」の2月18日の朝、窓の外は真っ白な雪に覆われていました。雨水と言えば、雪も雨や水に変わり春の気配を感じる季節。ところが日本各地では暴風雪あり、気温が異常に上がる地方があり、さらに欧米では大寒波、ヒマラヤの氷河の崩壊といったニュースからも地球規模での気候変動を感じるところです。

温暖化ガス排出量を減らそうと、低炭素世界への移行や脱炭素社会、ゼロエミッションの実現が言われています。今日は炭素に思いを巡らせてみます。

138億年前、宇宙創成のあと原子ができて物理学で扱う世界がはじまり、原子が集まって分子ができると化学の世界の始まりです。46億年前には太陽系や地球の誕生、そして38億年前に地球上に生命が誕生し、生物学の始まりです。炭素は物理学と化学と生物学を結びつけるものです。

宇宙を構成する主要な元素は、H(水素)、C(炭素)、N(窒素)、O(酸素)とヘリウムであり、生物を構成するのもH、C、N、Oの4つの元素が大部分を占めています。

生命体の中では、DNA、筋肉、骨などが炭素を骨組みとして構成されています。大学時代に聞いたドイツの化学者ケクレの夢のことを思い出しました。19世紀のこと、ケクレは炭素の結合についての研究をしていました。研究の合間に出かけた動物園で蛇を見て、その晩、夢で自分の尻尾にかみついて丸くなっている蛇の夢を見たのです。それで炭素が鎖状につながり丸く閉じた形となることを思いついたのです。亀の甲として知られる、六角形の構造をした環状構造の分子ベンゼンの着想です。それまでの枠組みの限界を突破し、有機化学という新分野の始まりです。

自分の尾を飲みこんでいる蛇は、ギリシャ神話にも登場する「ウロボロスの蛇」(ギリシャ語でウロはしっぽで、ボロスは呑み込む)として知られており、始まりも終わりも無い完全なものの象徴と考えられています。最近うちのネコは私の仕事用の椅子が気に入って、横取りして気持ちよさそうに寝ていることが多く、私は簡易椅子で机に向かうことが多くなっています。そのネコが時に自分のしっぽをくわえて、くるくると回転して遊ぶことがあるのですが、うちのネコは「ウロボロスの猫」というところでしょう。

人間は酸素を取り入れて、二酸化炭素を吐き出す一方、植物は空気中の二酸化炭素を取り入れて、酸素を生成します。また有機物は燃えると無機物の二酸化炭素を発生します。空気中の二酸化炭素の濃度は、理科年表2021によると工業化(1750年)以前には278ppm(ppmは大気中分子100万個の中にある対象物質の個数)だったのが、現在は410ppmであり年々増加しているそうです。

太陽からくる可視光は昼間地表を温め、夜になると大気の外に赤外線として熱が放出されます。赤外線は大気中のCO2により吸収されるため、空気中にCO2が増えすぎると赤外線が大気外に出ることができず、地球から熱が逃げないため、地球の温度が上昇することになるのです。地球温暖化と気候危機のメカニズムです。

炭素は生命体の構造を作るうえで、重要な元素であり、二酸化炭素も地球上の生物にとっては重要なものです。生物が太陽の恩恵を受けて生活しているところは、地表面を中心に大気圏と水圏の限られた場所で、直径13000kmの地球の表面の数10kmというほんの薄い層です。想像してみてください。地球を直径1mの球と考えれば、生物が存在できるのは表面のほんの数ミリのところです。

地球表面の薄い層を占める自然の中で、生物の仲間の一員としての人間は自然の一部で有り、地球環境をそして資源を大切にして、まさに循環型の社会にする必要があるでしょう。ちょうどウロボロスの蛇に象徴されるように、すべての生物がつながっていて、利用する資源も循環を続けられるように。

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ウロボロスの蛇

108. 出生数 270万人 VS 85万人

1月も終わりになり、2月に入ると2日は節分。北米ではグラウンドホッグデー(Groundhog Day)と呼ばれています。冬眠から目覚めて穴から顔を出したグラウンドホッグが、自分の影を見ると、まだ冬が続いていると思って穴の中に戻り冬眠を続ける、ちょっとひょうきんで愛らしいそんな姿に由来します。春を待ちわびた季節の分かれ目は、日本でも外国でも特別なものなのでしょう。

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(穴から顔を出すグラウンドホッグ)

そんな時に気になるニュースが一つ目に留まりました。昨年1年間の日本の出生数が、一昨年の「90万人割れショック」をさらに下回り、85万人以下となりました。新型コロナウイルスの感染が影響して今年の出生数は80万人を割り込むとの予想も出ています。少子化の進行はさらに加速され、日本の社会そのものが大きく変わっていきます。

日本の出生数が1年間に270万人もあったころのことを振り返ってみます。そのころの日本は戦後10数年経ったところで、社会には子供があふれ、まだそれほど豊かでもない社会を反映して、子供たちの中にも偏見、差別、障害、貧困の影が持ち込まれていました。テレビが普及し始めた頃で、子供たちは学び、遊び、時にはけんかをして、まさに多様な集団がそこにはありました。

背丈も大きくガキ大将のたみおと小柄で学級委員のおさむがいたのは、兵庫県でも指折りのマンモス小学校で、1学級には60人近くいて、それが10クラスもあるほどでした。担任の先生は、クラスの一人一人に向き合って、クラスのみんなに慕われていました。下校時には、一人一人が先生と握手して帰っていきました。気の合う二人は、何でもライバルでした。冬の耐寒マラソンでは、校外に出ます。他の学年の生徒が応援する中で、二人が同時にテープを切って、1位を分け合った時には、先生は大いに喜んでくださいました。壺井栄の「24の瞳」の大石先生や、灰谷健次郎の「兎の眼」に出てくる小谷先生と重なるところがありました。

たみおやおさむの時代は、人数の多さが、社会的な背景もあり、必然的に多様性を生んだかもしれません。子供たちは仲間との関わりを通して、社会のことを学んでいきました。ふたりが卒業するころには、市の開発が進み、耐寒マラソンは中止となり、近くに新しくできた小学校に多くの友達が転校していきました。

ずいぶん時が経って、今では1学級の人数が減り、クラスの数も減りましたが、少子化は社会の在り方を映した結果なのでしょう。小人数になっても、子供同士の人間関係、同調圧力の高まり、ぶつかり合いも生まれる一方、外国籍の子供も増え、発達障害や不登校の子供も増えています。形を変えて偏見、差別、障害、貧困の問題は存在します。

確実に、たみおやおさむの時代とは違った多様性が生まれています。子供たちはその多様性の中で育っていきます。社会の大きな流れに逆らうように、10代、20代の若い感性を持つ力が、日本でも世界でも目立った活躍をするようになっています。大きな和を大切にしながら、一人一人の考え方、感じ方を大事にする、そんな教育を、特にコロナ禍の中での変革の中から、推し進めたいものと考えています。

107. 遠隔/対面 これからの授業

1月も終わりに近づき、大学は学年末に向かっています。春学期は遠隔授業を導入して始まり、徐々に対面授業の対象講義を増やし、秋学期には遠隔授業と対面授業をほぼ半々にして開講しました。春・秋学期に実施した遠隔授業についてのアンケートを見ながら、今後の授業運営について考えを巡らします。

学生にとっては、戸惑いながらも遠隔授業に取り組み、自ら問い学ぶという、学問に対する姿勢を考えるきっかけとなったのではないでしょうか。ICTを活用して、オンラインでの質問・グループワーク・コミュニケーションの方法も貴重な経験となったようです。

遠隔授業と一口に言っても、講義がバーチャルになる同時双方向型のもの、講義資料や音声解説付きの教材をネット上に置いて、学生は好きな時間に視聴することができるオンデマンド型のものなどがあります。また、前もってオンラインで講義資料を提供し、対面では議論や質問に答えるという反転授業のように、遠隔と対面を組み合わせたハイブリッドの授業もあります。

学生の評価が大きく分かれたのはオンデマンド型の授業で、じっくり講義内容を学ぶことができると言う声や、資料だけでは授業を受けた気がしないという声も出ています。教員にとっては、授業形態に工夫を重ねる年となったようです。

まだ収まらないコロナ禍で、今後は対面・遠隔を組み合わせるハイブリッド型授業も拡がっていくことでしょう。そこで私がアメリカで留学生として、そして教員として大学に勤務して経験したことと、帰国後2000年代から導入されているハイフレックス授業について紹介します。

アメリカの大学院で学んだ頃(1970年代)、夜に開講される授業は、別のキャンパスとテレビ画面で結び、2カ所で同時に講義が進行していました。私は対面で授業を受けていましたが、教授はテレビ画面の向こうにいる受講生にも話しかけていました。録画したものを別のキャンパスの授業で使い、TA(teaching assistant)が質問を受け付けるということも行われていました。

その後、自分が教員となり、学生は授業の中で質問することを通して、問題の本質に迫り成長していくことを、身をもって知ることになりました。1980年代後半から90年代になると、遠隔地とネットワークで結んでの講義が試みられました。コンピュータの普及と共に、伝統的な教育に囚われない「オルタナティブスクール(alternative school)」(もう一つの学校)が、普及していった頃でもあります。生徒は好きな時に、好きなだけコンピュータの前に座り、録画された内容を学んでいました。教員は質問を受け、生徒の声に耳を傾けるのが役割でした。

2000年代になると、ネットワーク環境の進展に伴い、遠くに住む学生や、働く学生、障害のある学生などを考慮して、「ハイフレックス(HyFlex、Hybrid-Flexible)」と呼ばれる授業形態が普及してきました。どんな授業形態においても、学生は先生と意見交換ができる状態であることが大切なことです。受講者が大人数の場合にはTAが助けに入っていました。

ハイフレックスは、対面、オンライン同時中継、そしてオンライン配信されるもので、学生はいずれによって受講するかを前もって選択することができます。対面とオンラインを取り入れたハイブリッド授業より、さらに柔軟性(flexibility)があるといえます。これによって、アメリカの大学では社会人の学びの門戸が、さらに広がったように感じます。今後、日本で感染がまだ収まらない状況においては、あるいは収まった後でも、対面、オンライン、ハイブリッド、ハイフレックスといろいろな形態での授業展開が考えられることでしょう。

コロナ禍における高等教育の在り方が問われる中、新しい授業形態に適応し、より学びを深める者、適応できなくて取り残される者が生まれる可能性があります。

経済用語でK字型という言葉が使われています。上向きと下向きが離れていく「K」の形になぞらえた二極型のことですが、K字型の教育格差が生まれないようにしなければなりません。学びの在り方に関しては、チェックマーク「✔」のように、皆が上向く新たな学びの展開に繋がるように、教職員・学生と一体となって取り組んでいきたいと思っています。

106. かすがい(学問は鎹)

謹賀新年。今年は春日井で新しい年が明けました。

「子はかすがい」の掛け声とともに盛り上がる2020年秋の春日井まつりも、コロナ禍で中止となりました。掛け声には「子育ては、素晴らしい環境のかすがい(春日井)で」、という願いが込められているそうです。

「子は鎹(かすがい)」

とは、子どもが夫婦を繋ぎ止める役割をするということわざです。この『鎹』という言葉には、二つのものをつなぐ働きをするという意味があります。

コロナ禍でいろいろなものが分断されました。大学は人が密集する場所として、対面での授業を制限して、オンラインでの遠隔授業を取り入れました。それにより教員と学生が教室で直接顔を合わせるという、当たり前のことができなくなる状態が続きました。そこで大学において、そのすべての構成員をつなぎとめる『鎹』に当たるものは何なのかと、思いを巡らせてみました。

スペイン風邪と呼ばれたパンデミックは、1918年から1920年にかけて日本にもやってきました。国内で40万人、世界で4千万人が死亡したともいわれています。1922年内務省衛生局より刊行された『流行性感冒』(2008年平凡社より翻刻版として出版)には、日本や世界の大学が閉鎖されながらも、教員や研究者が原因病原体の追求とワクチンについて取り組んだ様子が、記載されています。パンデミックの後、大学は学問の府として、その活躍の場を広げていきます。

今、新型コロナウイルスによるパンデミックの中で、大学の存在意義が問われています。大学に行かなくても、インターネットにより世界中に公開されたオンライン講座で、知識を得ることはできるではないかというのです。大学において、その構成員をつなぎとめる鎹は『学問』ではないかと考えました。孔子の「論語」の中の言葉「吾十有五にして学に志す」が思い浮かびます。ここで学とは学問を指しています。大学に入学するものは学問を志して入ってきます。ではまず学問とは何かを考えてみます。

イタリアのガリレオと同時代のイギリスの哲学者フランシス・ベーコンは、17世紀初頭の著書「学問の進歩(Advancement of Learning)」 で、観察と実験に基づく知識の体系こそが学問であると主張しています。当時考えられていた学問とは、実際とかけ離れた空想や神の言葉を論じることが主であったので、観察と実験を通して得た知識が、実際に力となること、そして学問は役立つと主張しています。

広辞苑によると、学問とは「一定の理論に基づいて体系化された知識と方法」とあります。学問とは体系化された知識を文字通り、問うことにより学ぶことであり、学んでまた問うことです。

「学問」における問いとは、単なる質問ではなく根源的な問いを意味しています。今学んでいることが、自分の生きる中でどういう意味を持つのかという根源的な問いは、学びを通して自ら答えを見つけていくことになります。教師自らも、教えることを通して、自分自身に問いを発することになるでしょう。それこそが学問のあるべき姿だと思っています。

限られた学びの中では一人で答えに到達できないかもしれません。人と人とが交わり、議論や何気ない会話、あるいは課外活動の共同作業の中で、初めて根源的な問いに対する答えを見つけることができるかもしれません。さらに学びは一生続けることになるのかもしれません。そこに学びを志すすべての人を受け入れる『大学』の存在意義があるはずです。

学問は鎹(かすがい)。

コロナ禍で命と向き合う状況でこそ、本当の学問とは何かを考える機会となっています。大学と学びを志すものをつなぎとめるのが、「学問」ではないでしょうか。コロナ禍はまだ続きそうです。終息しすべての大学の機能が戻るまで、学問に対する情熱を持ち続けてほしいと願っています。

105. 地球に届いた玉手箱

小惑星探査機はやぶさ2は、小惑星リュウグウで採取した砂の入ったカプセルを地球に投下しました。カプセルは大気圏に突入後火球となり、南十字星を背後に上空で30秒間にわたり尾を引いて、オーストラリアの砂漠に落下しました。その後、はやぶさ2は直径約30メートルの小惑星に向けて飛行を継続しています。コロナ禍で世界中が混乱した1年の終わりに、地球に夢のような玉手箱(カプセル)が届いたという嬉しいニュースでした。

過去に地球に落下した隕石からアミノ酸が見つかっていることから、カプセルが持ち帰った砂の中に有機物が含まれていれば、生命誕生の秘密につながることが期待されます。一方で、はやぶさ2が次に向かった小惑星は、将来地球に衝突する可能性があるといわれています。

そのようなニュースを見ながら、中学生の頃に見た映画のことを思い出しました。地球に降り注ぐ満天の流星雨を見た多くの人が失明し、流星とともに宇宙からやってきた動ける食肉植物に人類が襲われるという内容でした。ショッキングな映像に恐怖を感じたことを今でも覚えています。

映画の話はともかくとして、実際に他の星から動植物を持ち込ませない惑星検疫という考え方は宇宙開発に伴ってでてきているそうです。またこれまで地球には何度も小惑星が衝突しています。有名なのは約6500万年前の恐竜絶滅をもたらした天体衝突。地球上には天体衝突によりできたと考えられるクレーターがいくつもあります。

火星と木星の間には小惑星帯があり、数十から数百万の小惑星があると考えられています。小惑星リュウグウは大きな惑星が小さく砕かれて、小惑星帯から地球近傍へと軌道が変化したものと考えられています。このように地球に接近する軌道を持つ小惑星が、地球に衝突する可能性があります。小惑星リュウグウは1999年に発見されましたが、まだ見つかっていない小惑星がたくさんあるようです。小さな天体が地球に衝突した時に見えるのが流れ星です。地球はいつも小惑星が衝突する危険にさらされているといえるでしょう。

地球規模の生物の絶滅に至るような大きな小惑星の衝突は1億年に1度の頻度かもしれません。しかし、その100分の1の大きさの小惑星が衝突する確率は数百年に1度だともいわれており、被害もかなり大きなものとなります。

ペルーにあるインカ帝国が残した巨大なモライ遺跡は、隕石の衝突によって作られたクレーターの後を利用したものだともいわれています。私が撮影した写真を見れば、想像できるかもしれません。

はやぶさ2が示したように人類は優れた科学技術を持っています。その技術をもってすれば、将来起こりうる天体の衝突を避けることができることでしょう。そうした優れた技術は多方面で応用され、私たちの生活を豊かにしています。その希望が、現在進行中のコロナ禍にも適用されることを祈るばかりです。

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インカ帝国の首都だったクスコの近くにあるモライ遺跡。
インカの食生活を支えるための、農業試験場として使われていたと考えられています。2019年12月末撮影。

104. アメリカの入試事情(2)

2016年1月、ハーバード大学からの報告「流れを変える」は大学の入学選考に関して提案を投げかけました[Turning the Tide, Inspiring Concern for Others and the Common Good through College Admissions, Harvard Graduate School of Education, 2016]アメリカでは人種や貧富の差によって、大学に進学する層が限定されていることが問題になっていました。教育にお金をかけることができる家庭の子供は、共通テストのスコアを上げることによって入学許可を得るため、大学における多様性が確保できていない、ということで問題提起したものです。

入学選考に際しては共通テストを使うのではなく、志願者のこれまでのエシカル・エンゲージメントとインテレクチュアル・エンゲージメントを見るべきと提案されています。ethical engagement、intellectual engagementのエンゲージメントという言葉は、積極的にかかわり責任を果たすという意味で使われています。選考において、社会活動を通した社会性と知的活動を通した基礎学力を評価することによって、他人に対する思いやりや地域に対する責任感といったものを重視するべきと主張しています。

これまでテストの点数で示される学力だけが、大学入学の資格として求められると考えていた受験生に、メッセージを出すことで、社会の流れを変えることができると報告されています。

報告書の影響は大きく、2019年3月にハーバード大学の報告「流れを変えるII」が出るころには、全米の約2300ある4年制大学の半分以上が共通テストのスコア提出を任意にするとしています。

今年9月のCNNニュースによると、カリフォルニア州の裁判所が、カリフォルニア大学の入学選抜は共通テストの得点によるべきではないという判決を出すまでになっています(CNN、2020.9.2)。そして11月のハーバード大学の入学選考を巡る裁判で、総合評価(学業の優秀さ以外の幅広い選考基準)を用いることの正当性が認められました(New York Daily News、2020.11.12)。

コロナ禍の影響で、アメリカの4年制大学の3分の2が共通テストのスコア提出は任意であるとしました。まさにコロナ禍が「流れを変える」報告の提言を後押しした格好になっています。

アメリカでは高等学校の成績、課外活動、小論文、推薦状、面接等を使っての選考が行われます。入学後は、単位認定が厳格であるために、授業についていけないと結局卒業できないことになるので、志願者の大学選びも慎重になってくるようです。アメリカの入試事情が、これからの日本の入試の在り方を考える参考になるように思います。

103. アメリカの入試事情(1) 

新型コロナウイルスの感染がアメリカでも拡大する中、中部大学の協定校であるオハイオ大学に長期研修で滞在中の33名の学生と1名の引率教員に、帰国を促すメールを送ったのが2020年3月16日のことです。アメリカでは3千人を超える新型コロナウイルス感染者が出て、死亡する人も毎日増加している頃でした。

3月23日、簡素化した学位記授与式を終えて中部国際空港に向かい、到着ロビーで帰国した34名全員を出迎え、みんなの無事な姿を見たときには出迎えた家族の方と共に安堵したものです。その3月23日にはオハイオ州で外出禁止令が出されましたので帰国は間一髪のタイミングでした。

あれから9ヶ月、アメリカの状況はさらに深刻になり、毎日約20万人が感染し、3千人が死亡しています。現在累計感染者数は約1700万人となり、死者も30万人となっています。日本の累計感染者17万人、死者2500人と比べると、その悲惨な状況が分かります。私のテキサスの友人が新型コロナウイルス感染症で亡くなったとの知らせが届き、その怖さが身近に感じられます。

現在アメリカの大学は殆どがオンライン授業を行っています。

また、大学入学のために行われるACT、SATと呼ばれる2種類の共通テストが、通常は1年間にそれぞれ7回程度行われるのですが、今年は感染拡大の影響で多くの会場で延期または中止となっています。ついには多くの大学で、その共通テストのスコアを求めずに願書を受け付けるという事態となっています。アメリカの大学では個別の学力試験は行っていないので、共通テストの点数を使わずに入学選抜をすることになります。

一方、来月行われる日本の大学入学共通テストは53万5千人が受験します。1年に1回だけなので、その実施を巡っては今も広がる感染症の拡大に注視が必要です。大学入試においては公平・平等そして公正が求められます。受験生の努力が無駄にならないよう、感染防止策をとって、無事に大学入学共通テストが行えることを願っています。

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