学長ブログ

中部大学に天文台ができた

中部大学天文台天体観測所が、春日井キャンパスの北西の一角に完成し、5月10日に多くの来賓、中部大学の教職員、学生、中部大学第一高等学校、中部大学春日丘高等学校、中部大学春日丘中学校の生徒を招いて開所式が行われました。土井隆雄宇宙飛行士にもお越しいただきましたので、生徒は大喜びでした。土井先生は中部大学創発学術院の客員教授でもあります。テープカットには国立天文台台長の林正彦先生、春日井市の伊藤太市長、飯吉厚夫理事長、松尾直規中部大学天文台台長にも参加いただきました。写真の後ろに見える直径4mのドームに、口径30cmの反射望遠鏡と口径15cmの屈折望遠鏡を配備し、さらに館内には3Dプラネタリウムを備えています。

開所式の後、場所を移して、不言実行館アクティブホールで記念講演会が開催されました。国立天文台台長林正彦先生の話は、古代から現代にいたる宇宙観の変遷と、多くの天体写真を交えて星、星団、宇宙の話、宇宙は「平ら」で、ダークエネルギーが70%を占めるという現在の宇宙観が紹介されました。土井先生の話は、1985年の毛利衛さん、向井千秋さんとともに宇宙飛行士として選抜された時から、1997年STS(Space Transportation System)-87と呼ばれる87番目のスペースシャトル「コロンビア」でのミッションにおける日本人初の船外活動の話、2008年のSTS-123でスペースシャトル「エンデバー」を使って、国際宇宙ステーションに日本の実験棟きぼうを設置したことなど、わくわくする話が映像を見ながら語られました。スペースシャトルは400km上空を、1時間半で地球を一周するため、45分ごとに昼と夜がやってくるという話を聞いて、私自身カナダにいる時に、夜空を見上げて星のように光るスペースシャトルが動いていくのを見つけて、感動したことを思い出していました。数分間明るく光って動いていくのが見えたのです。そのことを思い出して、ここで計算してみると、スペースシャトルの速度νは、スペースシャトルの円軌道の半径をR、周回にかかる時間をTとすると

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で与えられて、スペースシャトルが半径6400kmの地球の上空400kmのところを回っているので、R =6400+400=6800km、1時間半(90分)で回るのでT =90×60=5400秒 をいれると、

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となり、秒速7.9km、時速にすると2万8千キロ。確かに天空をはやい速度で動いていくものですね。

私自身はプラズマ物理を専門としていて、プラズマや宇宙のことについてもいずれ、このブログの中で書こうと考えています。

中部大学天文台天体観測所開所式でのテープカット。左から石原、林正彦国立天文台台長、飯吉厚夫理事長、伊藤太春日井市長、松尾直規中部大学天文台長
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講演会で主催者挨拶。中部大学開学50周年を記念して2年前に建てられた不言実行館の中で、学園80周年の1年前に完成された天文台の開所式が無事終わり、中部大学ファミリーにわくわくする教育研究施設がまた増えた、とあいさつ。
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「宇宙をめざせ」不言実行館アクティブホールとサテライト会場の聴衆に土井隆雄宇宙飛行士が呼びかけた。
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全国制覇したハンドボール部

東海学生ハンドボール春季リーグ第3戦が行われたその午後に、ハンドボール部創部50周年の祝賀会が名古屋市内のホテルで催されました。中部大学ハンドボール部OB会主催で、現役部員53名を含む109人が出席。37年連続全日本学生選手権大会出場、そして2014年の全国制覇を成し遂げた輝かしい実績を誇るハンドボール部の祝賀会は、歴史を振り返り、未来を見据える思い出に残る会になりました。そこで私が出会ったのは国際関係学部卒業のOB会長、工学部卒業のOB会副会長、現在春日井市に店を構えるハンドボール部後援会長、創部時の部員で現在70歳になるOB、四国から駆けつけたOB、顧問や監督そして現役の学生部員。それぞれの話は、今につながる大学の歴史そのものを物語るようにも思えました。厳しさの中にあるあったかい人間のつながり。そして『世界のGAMO』といわれた前監督・現日本ハンドボール協会副会長蒲生晴明教授(写真で、前から2列目中央あたり、僕の右手側)が、ずらりと整列した53人の現役部員に向けて語った「競技成績は努力の結果であるが、もっと大事なことは人間としての成長と人間力を身に付けること」と語られた言葉は、若い学生の心に響いた気がしました。中部大学には全国から学生が集まっています。ハンドボール部の部員も全国から集まり、監督が学生一人一人と向き合っていて、仲間がつながっていることを感じます。

あったかい気持ちを抱いて、名古屋のパノラマビューがすばらしい28階の会場を後にしました。

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恵那キャンパス訪問

通常業務が始まり、学長室に人の出入りが激しくなった2週目。そんな合間を縫って、今週は中央本線で春日井キャンパスのある神領駅から40分の武並駅近くにある、中部大学の研修センターを訪れました。この恵那キャンパスは、濃尾平野の北東部、岐阜県の東南に位置する東濃地域に位置し、木曽路の入口であり、標高2,190メートルの恵那山が目の前に迫っています。34万平方メートルもある広大な自然空間は、イノシシ、マムシ、野兎など野生動物もいるとのこと。中部大学春日丘中高を含めた春日井キャンパスが37万平方メートルあるので、それに匹敵する広大さを持っています。

4月から5月にかけて、2,641人の新入生が新入生恵那研修に参加します。もう40年も続いている中部大学新入生の伝統行事です。230人を収容できる宿泊棟、5つの研修室、体育館と屋外の体育施設を持っていて、私が到着した時には、キャンパスは満開の桜で、研修室では経営情報学部経営総合学科の1年生が5~6人一組の班に分かれて、スクリーンを使ってプレゼンをやっている最中でした。ピアサポーターと呼ばれる黄色のベストを着た上級生が司会と進行役で、はにかみがちな新入生をうまくリードして発表の雰囲気を和やかなものにしていました。発表内容は前日に班ごとに取り組んだシミュレーションゲームの結果報告で、経済に関する世界情勢も含まれており、勉強しながら仲間ができている様子がうかがえました。後ろで見ていた引率教員によれば、ピアサポーターのリードがオリエンテーションのかなめ(要)になっているという。発表後の昼食会で、新入生と一緒にカレーを食べながら、ピアサポーターの一人は、自分が一年生の時の経験から、今度は後輩のためになりたいと、自ら志願して参加したとのこと。昼食がすめば今度は体育館に移動して、ドッジボール。ワイワイ言いながら新入生同士の絆が深まる様子でした。

研修センターは5月末に行われる中部大学恒例の、ナイトウオークの到着地点にもなっています。約100人の教職員と学生が春日井キャンパスを夜出発し、45キロ先の恵那キャンパスには早朝に到着というものです。

帰途、武並駅から恵那キャンパスを振り返りました。ふと作家の曽野綾子氏が春日井のキャンパスを訪れた際、濃尾平野の天香具山と表現してくださったことを思い出しました:

「酸素発生器の様な森で4年間を過ごせる学生たちは幸せだと感じずにはいられなかった。東京にはろくろくスポーツをする場所もないようなキャンパスしか持たない大学も多い。この恵まれ方は何という違いかと思う。(中略)大学の岡を降りるとき、振り返るとまっ平らな濃尾平野の中に突然浮かび上がった緑の岡はなぜか『天香具山』のように見えた。」(曽野綾子、Voice, 2015年9月, p.236)

作家曽野綾子の目で見れば、春日井キャンパスにもまして豊かな、この自然環境の中にある恵那キャンパスを、何と表現するだろうか、と思いながら、近くを通る中山道の案内図を横目に、恵那キャンパスを後にしました。

中部大学研修センター全景(左に白く小さく写っているのが研修棟と宿泊棟、手前にラグビー・サッカー・陸上グランド、野球場、テニスコート)20170415-02.jpg

中部大学研修センター入口
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体育館
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食堂〈写真の真ん中に小さく僕が写っています〉
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学長最初の一週間

4月1日の大学と大学院の入学式に続いて、今週は併設校の中部大学春日丘高校(512人入学)、中部大学第一高校(420人入学)そして、中部大学春日丘中学校(103人入学)の入学式に出席しました。入学式では、緊張の面持ちの生徒と、誇らしげに喜びに満ちた保護者の姿が印象的でした。壇上から見ていて気が付いたことは、保護者の数です。大学院、大学、高校、中学と保護者の人数が増えていき、中学校の入学式では両親ともに出席している場合が多いので、入学生以上の人数になっていることでした。

先月まで小学生だった子供が中学に入学、正門で写真を撮る親子の姿を見ていて、当時の自分のことを思い出しました。中学受験の合格発表の日のことです。私は小学生のころ珠算塾に通っていて、ちょうど合格発表の日は、兵庫県大会の日でした。午前中神戸の三宮で競技会に出て、入賞したものの、表彰式には出ずに、一人阪急神戸線に飛び乗り、中学校まで走っていったのです。先に行っていた兄貴と親父が、あったよ、と喜んで出迎えてくれました。そのころの合格発表は中学校の校舎の中に合格者の番号が張り出されて、自分の受験番号がその中にあるか、見に行かなくてはならなかったのです。今では親父も、母もそして昨年兄も亡くなりました。そんなことを思い出しながら、これで中部大学ファミリーの新入生すべての入学に立ち会ったという喜びを感じていました。

新学期の授業が始まる前日、これまでの教員総会を改めて、初めての教職員総会を開くことになりました。それは教員と職員は大学で一体の存在であるという私の思いから実現したものです。534席収容の三浦幸平メモリアルホールと、ホール外のモニター室および不言実行館1階のアクテイブホールにも参加者を収容し、出席者は600人近くになったということです。

総会では、今後の大学の基本方針について話しました。41人の新任の先生もいることから、現状認識の共有ということで、78年4か月の学園の歴史を、1年のカレンダーにして表現してみました。1月1日(1938.12.8)に誕生した学園は、30日後(1945.3.19)には空襲により全焼し、中部工業大学として開学できたのは4月28日(1964.4.1)。戦後の混乱の中で学園の復活にはずいぶん時間がかかったわけですが、創設者三浦幸平初代学長の、中部地区に大学を作る、私学でこそ真の教育ができる、という熱意がようやく実ったのです。工学部にさらに2学部を加えて中部大学になったのは7月30日(1984.4.1)。現在の7学部の形が出来上がったのは11月18日(2008.4.1)。在籍者数が1万人を超えたのは12月8日(2012.4.1)。そして今、新たなカレンダーの1ページの始まりです。
12,738人の学生・教職員からなる中部大学の現状を「世界がもし100人の村だったら」にヒントを得て、人形を並べて100人で表現してみました。男女の人形です。学生グループ(89人)、教員グループ(8人)、職員グループ(3人)。今度は学生グループが100人の村だったら、工学部31人、経営情報学部12人、国際関係学部5人、人文学部15人、応用生物学部14人、生命健康学部14人、現代教育学部6人、大学院生は3人です。それから、私の大学に対する思いと教育に対する思いを表しました。教育の本質は学びにあること、大学の構成員はすべて学びの途上にあること、大学(University)での教育(Education)の意味、等私が日ごろ考えているところを語りました。そのほか、中部大学の研究の現状、財政の現状、入学試験の結果、大学ビジョンについて。最後は、中部大学から教育の新しい風を世界に向けてというメッセージで終わりました。

この間にいくつかの新学長インタビューを受けました。学外からは複数の新聞社(朝日、中日、中部経済、国際ジャーナルForeign Affairs)、学内からは放送研究会(5人の学生さんと顧問の先生)によるインタビュー、大学広報誌ウプト(2人の学生編集委員と学園広報制作課)によるインタビュー。新聞社のインタビューでは、学長が抱く大学や教育・研究に対する思いといったことなど、次々と質問され、次第に答えるほうも熱を帯びていきました。放送研究会のコミュニケーション学科と電子情報工学科の学生さんからは、私の研究のことを聞かれて、プラズマの話をして、ウプト取材の現代教育学科の学生さんとは、教育の話で話が盛り上がり、ロボット理工学科の学生さんからの質問のなかにあった海外おすすめの場所は、広大な空間を持つテキサス西部(15年間住んでいたところです)を含むGreat Plains、オーロラの見えるカナダ中西部のPrairie(7年間住んでいました)、そしてイタリアのアドリア海(プラズマ夏の学校の講師として何度も滞在したトリエステ)を挙げました。

そして大学案内用の写真撮影では、まだ調度品も整わない学長室でのプロによる撮影。学長の最初の1週間があわただしく過ぎていきました。写真は学長室から見える満開の桜。プロのとった写真はまだできないので、代わりにスタッフが描いた似顔絵:

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学長第1日目の仕事

新しく第5代中部大学学長となった石原修(いしはらおさむ)です。

これから、時折この場を借りて、心に浮かんだこと、皆さんに伝えたいことを書き留めていきたいと思っています。

まず学長第1日目の仕事が終わったところで、書き出します。

4月1日、傘がいるかいらないかと思う程度の小雨模様の中で入学式が行われました。学部新入生2641名と編入生13名、それに大学院入学者139名。

入学式では、学問という大きな山に向かって歩き出す新入生に、分水嶺の話をしました。日本は太平洋と日本海に囲まれています。日本列島中央部には中央分水嶺とよばれる峠があります。雨が降れば、鳥居峠を境に木曽の流れは、片や太平洋に、そして片や日本海にそそいでいます。一方、私が一時住んでいたアメリカは日本の25倍もの面積があり、太平洋と大西洋に囲まれています。そして大陸中央部にあるContinental Divide(大陸分水嶺)であるMilner Pass(ミルナー峠)を境として、ロッキーマウンテンの流れは片や太平洋に、片や大西洋にそそぎます。当時私が住んでいたテキサスから、コロラドに入り、ロッキー山脈のその場所に立った感激を新入生に伝えようとしました。山に雨が降ってできた小さな流れは大きな川となり、ついには大海にそそいでいくのです。新入生の皆さんがいつの日か、峠に立った時、大きな選択の日が来て、その時に備えるようにと。

もう一つ、キャンパスとつながる世界の話をしました。春日井のキャンパスには1万(104)人の仲間がいて、30万(3x105)人の住む春日井市に地域連携の活動を広げ、750万(7.5x106)人の愛知県、2千万(2x107)人の住む中部地区の誇れる大学の一員として、1億3千万(1.3x108)人の住む日本、74億(7.4x109)人の世界が直面するいろいろな問題に目を向けることが出来る大きな人間になってほしいと話しました。

私の話に耳を傾けてくれた新入生の皆さんに、緊張の面持ちの中にも若さと情熱を感じました。さあ中部大学の皆さん、今から中部大学ファミリーの一員として新入生を歓迎しましょう。中部大学では、思いっきり勉強して、仲間を作り、明るく、楽しく、元気よく、中部大学のキャンパスライフを楽しみましょう。

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