学長ブログ

2020年6月の記事

91. バッタの相変異

2019年後半以降、東アフリカでバッタが大発生し、コロナ禍と時を同じくして、東アフリカ発で、繁殖を繰り返しながら中東を経て、南西アジアにまで拡大しています。バッタの大発生は10年以上前に関西国際空港の草原で起こっていたりして、日本でも昔からよく知られています。空を覆うほどのバッタの大群の襲来は、黒い悪魔として恐れられ牧草地と耕地が蝗害被害を受け、食糧危機を引き起こします。東アフリカでは現在第3波のバッタ襲来に警戒しているということです。

氷は温度が上がると水となり、さらに温度が上がると水蒸気となります。このような物質の状態の変化は固相、液相、気相という『相転移』と言われていますが、生物にも相変化のように同じ種が環境の変化によって変わることがあると知られており『相変異』と呼ばれています。通常野原で見かけるバッタは緑色で、集団で見かけることはないのですが、大発生時に見られる黒っぽくて小さく羽が長いバッタは、緑色のバッタから環境の変化によって生まれることが、100年ほど前から知られていました。

バッタの生態は単独で育てば、おとなしく緑色で『孤独相』と呼ばれる一方、集団で育てば荒々しい性格を持ち巨大な群れを作る『群生相』になることがあります。幼虫のころに仲間の数が増えて互いに触れ合ったり、仲間の姿を見ることによる刺激を受けると、成長しても体が小さく黒っぽくて性格も一変して凶暴になり、群生相が出てくるということです。最近の研究では、バッタの脳にあるコラゾニンというペプチドホルモンが『相変異』を起こしているということがわかってきました。普通のバッタがたくさん集まって過密状態になり、お互いに接触すると体の色が緑から黒に変化して、集団行動をとるようになり、食糧がなくなれば大群として空を飛び移動し始めるというのです(「混みあうと黒くなるトビバッタ」管原他、化学と生物、2016)。

私がカナダの中西部に住んでいたころ、夏の3ヶ月を東京で共同研究をすることになり、井の頭線に乗って毎朝超過密の満員電車で通いました。1週間も経たないうちに高熱を出し体に震えが来て、医者の往診を受けたことがあります。理由は満員電車というストレスに対する体の拒否反応だろうと医者は言いました。7年の間北米の田舎町で、大勢の人が物理的に接触するといったことのないのんびりした環境で過ごしてきたために、体が拒否反応を起こしたのでしょう。

最近のコロナ禍で大都市圏に新型コロナウイルス感染者が集中している現実を見るに付けて、都市部における人口の過密状態が気になります。首都圏に日本の総人口の約40%が集中し、東京都の人口密度は全国平均の約20倍にも達しています。2008年以降人口が減少に転じる中、東京周辺にのみ人口が集中するのは、バッタの相変異を連想させる異常事態と感じずにはいられません。そういえば大都市圏に住む人々の中には、イライラして性格が荒々しくなる人も目立つようになった気もします。コロナ禍で、人々が大きなストレスを抱える今、日々心身の健康維持に心がけていきたいものです。

90. 20-80ルール

穀物の種まきを意味する24節気の芒種(ぼうしゅ)も過ぎて、東海地方は梅雨入りしました。キャンパスに接した応用生物学部実習農場では学生さんによる田植えも終わり、田んぼには苗の頭が少し出るくらいに水がいっぱい張られています(写真1)。

緊急事態宣言が解除され、「3密」の状態に気を付けながら、大学構内では一部の対面授業が始まっています。久しぶりに仲間に出会い、ソーシャルディスタンスを気にしながらも、少しの間でも一緒に話ができる学生さんの顔からは喜びを感じとることができます(写真2)。

人と人のつながりが人間社会の基本であり、大事なことだと改めて感じます。20世紀後半、米国の社会心理学者スタンレー・ミルグラムは、6人辿れば誰とでも繋がれる、つまり6人を介して世界中の人がつながっていることを、手紙の実験で証明しています。ここ10年の急速な情報通信技術の進展により、人々は瞬時に世界中につながりを広げることができます。4年前、16億人の利用者を持つフェイスブックが行った実験では、約4人辿れば、利用者の誰とでもつながると分析しています。これはSNS上の人のつながりの話ですが、急速にグローバル化が進んだ現代人の地球規模での移動は、感染症の拡大を時間的にも空間的にも新たな展開に導いているように思えます。

19世紀のイタリアの経済学者パレートは、イタリアの富の80%は、20%の裕福な人に集中していることを見出し、これは『20-80のルール』あるいは『パレートの法則』として知られています。原因の2割が結果の8割になっているということを表す経験則です。例えば「上位2割の顧客が、売り上げの8割を生み出す」、「家電製品の故障原因の上位20%が、80%の故障を説明できる」、「教科書の重要なところ2割を覚えれば、テストで80点が取れる」と言ったように、原因のごく小さな割合が、結果の大きな割合になっていることを意味しています。

働きアリの研究もあります。「働きアリ」と言っても、よく働くアリは20%で、その働きアリが集団に必要な80%の食糧を取ってくるというのです。もっとも、よくは働かないか全く働かない80%のアリの中でも、60%のアリは少しは働くようで、20%のアリだけはずっとさぼっています。しかし、アリの社会では、よく働くアリと少しは働くアリを合わせた80%のアリが疲れ切ったときや働けなくなった時に、このサボりの20%が働きだして集団を救う力になることも知られています。

6月2日のニューヨークタイムズによると、新型コロナウイルスに感染した1次感染者の20%が、2次感染者の80%に感染させてしまっているそうです。過去の感染症でもこのようなことは起こっているということです。ここでも『20-80のルール』が当てはまるようです。

愛知県では報告されている感染者は殆ど0になってきましたが、まだ新型コロナウイルスが絶滅したわけでもなく、無症状で報告されない感染者の存在もあります。緊急事態宣言が解除され外出自粛規制がなくなっても、引き続き気を抜くことなく過ごしていくことが大切です。

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(1)田植えを終えたばかりの応用生物学部実習農場

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(2)学生が戻ってきた大学構内

89. 対面授業

6月1日からいよいよ学内での実験・実習科目等の対面授業が始まり、構内にはマスク姿の学生の姿が見られるようになりました。学内を回ってみると、熱心に実験に取り組む学生、安全のために工夫を凝らして指導する教員。数か月ぶりの学びの様子に感慨深さを覚えます。

学生さんは登校すると、まず学内に新たに設置された仮設手洗い用流し台で手を洗います(写真1)。次に9号館と10号館1階にあるサーモグラフィーによる検温、そして教室の入退室時にはアルコール消毒をします。このサーモグラフィーは工学部が製作しており、また消毒用のアルコールボトルも工学デザインルームで製作されたオリジナルのものです。

さて、工学部の電子情報工学科の実験科目では、大きな実験室で複数の教員が指導に当たっていました。3密状態を避けるためにグループ分けがされています。座席は一つ置きに設置され、飛沫防止のために手作りのパーテーション(仕切り)により仕切られています(写真2)。隣の部屋ではTA(ティーチングアシスタント)の指導のもと、グループごとに実験が行われていました。応用生物学部の栄養教育実習では、全員がフェイスシールドを付けて、グループでの作業が行われていて、生命健康科学部では臨床運動学実習の最中でした。また屋外では、現代教育学部幼児教育学科の学内実習で、グループごとに与えられた課題に取り組んでいるところでした。

午後のひと時、久しぶりに見た学生のみなさんが、真剣に実験・実習等に取り組む姿に、安堵しました。心の中で「がんばれー」とエールを送りつつ、改めて教育環境の大切さを感じました。

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(1)9号館の下に設置された手洗い場

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(2)工学部電子情報工学科の実習風景

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