学長ブログ

18. 幻日

11月にはいって秋晴れの日が続きました。11月2日、埼玉県川越市と入間市で幻日が見えたというニュースが目に留まりました(weathernews、11月2日川越市撮影13時、入間市撮影14時)。太陽の両脇に小さな幻の太陽が虹色に輝く現象です。その日埼玉は秋晴れで気温は朝方6℃ぐらいであったのが、午後には20℃近くに上がっていました。天気が下り坂の時に薄雲が広がってくると「幻日」が見られると、Weathernewsの解説にありました。ネットにあげられた写真を見ると、太陽の周りにはうっすらと雲が見え、太陽を通る水平線上の両脇に虹っぽい輝きが見えます。

このニュースに接して、カナダの冬になると毎日のように見えていたサンドッグ(sundog)のことを思い出しました。北米大陸中央部の、プレーリーと呼ばれる大平原にあるカナダ サスカチェワン州のサスカトゥーンに7年あまり住んでいました。北緯52度。北海道の宗谷岬が45.5度ですから、相当北に位置します。12月には-20~-35℃の寒い日が続きます。-40℃に達することもありました。乾燥しているので雪が降っても、雪の結晶がそのまま落ちてくるような感じです。道は交通量の多いところは雪が取り除いてありますが、歩く道は踏み固められていて用心深くそろそろ歩くことになります。

冬のある朝、車で大学に向かっているとき、目の前の南サスカチェワン川の向こうに朝日が昇る美しい光景を見ました。朝日は大地から顔を出して大きく光り、その輝く光の帯は空に向かってまっすぐ上に伸びているような感じです。さらに車を走らせると、南サスカチェワン川のほとりに沿って植えられた木々に隠れていた、本物の太陽が現れました。それは強烈な光を出して、俺が本物だといわんばかりの輝きでした。実は最初に見えたのは、サンドッグ(sundog)と呼ばれ、モックサン(mock sun)とも言われる偽りの太陽、幻日だったのです。気象用語で幻日のことは英語でparhelion (複数形はparhelia)と言います。

朝日に伴って現れる幻日を写真に撮ることは難しいことです。太陽に向かってカメラを向けるからです。ある日、夕日に伴って現れた幻日を撮ることに成功。1979年2月、午後5時、気温は-25℃でした。住んでいたアパートの前の駐車場で撮った写真です。中央のホンモノの太陽は電柱で隠すようにして2枚の写真をつなぎ合わせています。太陽の両側に幻日があります。写真では少し色づいた幻日(輝点)は外向きに白い光がのびています。夕方の薄暗い感じに撮れていますが、日没は6時頃でしたので、写真の時にはまだ明るい午後の感じでした。プロが撮った写真も掲載しておきます。一つは地元の新聞に載った白黒写真で、サスカトゥーンで南サスカチェワン川越しに撮影されたものです。もう一つはサスカトゥーンの西500kmにある、隣のアルバータ州のロングビューというところで撮影されたものです。ともに見事に太陽と、その両脇に見える幻日を一枚の写真にとらえています。アルバータ州の写真では、幻日は太陽に近い方が赤く色づいている様子が写し出されています。

20171110-01.jpg
カナダの冬には特異な自然現象がみられる。空中の氷の結晶の屈折現象により中心の太陽(写真中央)の左右に太陽と見間違えるほどの明るい偽の太陽、サンドッグができる。我々の住んでいたサスカトゥーンのアパートの前の駐車場で撮影。1979年2月半ば午後5時、気温はー25℃。

20171110-02.jpg
サスカトゥーンの地元紙Star Phoenixに掲載された南サスカチェワン川越しに見えるサンドッグの写真。記事には適切な説明が添えられていたのでそのまま引用します。Whenever there are ice crystals or frost in the air, sundogs may appear on either side of the sun. These mock suns, properly called parhelia, occur when the sun shines through a thin cloud composed of hexagonal ice crystals. They can create a halo or luminescent ring and usually the inner edges closest to the sun will appear reddish, while the outer portions are white. (Nancy Russel, November 4, 1978, Star Phoenix)

20171110-03.jpg
幻日。Cally Coman 撮影。場所はサスカチェワン州の西隣のアルバータ州Longviewの近く。幻日は太陽に近い側が赤色、太陽から遠い側が紫色となっている。

サスカトゥーンでは毎年12月の始めには、サンドッグフェステイバルというのがあって、クラフト〔工芸〕の展示と即売会が行われていました。地元ではサンドッグは冬の風物詩であり、極寒の象徴でもありました。その名前を真冬に行われるフェステイバルの冠に使うことによって、地元の青年たちが地域の活性化を夢見たのでしょう。幻日が二つの輝点(視点vision)であるように、自分たちの作品を通して自分を磨く夢と、地域を活性化するという二つのビジョン(vision)を追いかけたのかもしれません。このブログを書くにあたって、サスカトゥーンのことをネットで調べてみると、今もってそのフェステイバルが続いていることを知りうれしく思ったところです。どうしてsundogというのか、その由来はよくわからないようですが、ネットで調べると北欧神話の中で描かれている、太陽を両脇から襲う2匹の犬(狼)という説があるということです。確かに二つの幻日ということで、sundogsという複数形でも用いられています。

サンドッグは極寒の地では良く知られる自然現象ですが、最初の冬には気がつかなかったのです。その理由のひとつは日の出、日の入りの時刻にあります。サスカトウーンは高緯度に位置するため、12月になると日の出は午前9時ごろで、日の入りが午後5時ごろです。まだ薄暗い朝8時には出勤し、暗くなった夕方6時ごろ帰宅する生活だったので、日の出、日の入りを見る機会が少なかったのです。もうひとつの理由は、着るもののせいだと思います。昼間も幻日は見えることも多いのですが、とにかく歩く道は凍っていて、外を歩くときには、ダウンのフードつきの膝まで隠れるパーカを着ています。ファスナーを閉めて、首の周りをしっかり守り、ファー付きフードをしっかり被り、前方に突き出すように伸ばせば、耳を完全に守り、吐く息で顔の前にある空間を暖め、-30℃の冷気があっても顔の皮膚が守られます。つまり前方しか見えない状態になります。そんなパーカを着ていれば、滑らないように下を向いて歩くし、空を見上げるためにはフードを上げなければならないので、立ち止まってなかなか太陽を見上げるということをしなかったのです。

虹は太陽を背にして、太陽の反対側を中心とした視半径42°の円弧として現れますが、幻日は太陽を中心として視半径22°なので、虹の半分ぐらいの広がりを持っています。虹は空中に浮く球状の雨粒による光の屈折と反射で、太陽と反対側にできるのに対して、幻日は、地面に対してほぼ平行に空中に浮かぶ六角板状の氷晶による屈折によって像を結びます。六角板状の氷晶は落下に伴う空気抵抗のために地面に対してほぼ水平に浮かびます。太陽光が入射する面と出ていく面が、60度の角度をなすため、氷晶は頂角60度のプリズムの役割を果たします。屈折した太陽光は、太陽から22°離れた位置からやってくるように見えるものが最も強くなって、太陽の両側に二つ輝点ができるようになるのです。通常、六角板状の氷晶の並び方は地面に対してほぼ平行になっているものの、水平からのばらつきにより輝点の上下に光の広がりを伴うことになります。

太陽が地面に近い日の出や日の入りの頃には、半径22°の環と太陽を貫く水平線の交わる点に幻日ができます。太陽が高くなると氷晶による像は太陽を囲む半径22°のぼんやりした光の環となり、ハロー(halo)、暈(うん、かさ)、特に太陽の周りにできるということで、日暈(にちうん、ひがさ)と呼ばれています。

幻日はサスカトゥーンのような極寒の地で、空中に氷晶が浮いているところでよく見られる現象です。それでは、どうして11月の秋晴れの日に、埼玉県で幻日が観測されたのかという疑問が残ります。それは薄雲(うすぐも)が広がっていたことに関係がありそうです。雲には地上付近にできるもの、上空にできるもの、その中間でできるものによって、雲の形状が変わり、薄雲と呼ばれるものは5~13km上空でできるということです。ジェット機に乗っておよそ10km上空を飛んでいるとき、外気は大体―55℃になっています。日本では1km上昇するごとに、気温は約6.5°C降下することが知られており、埼玉の薄雲があった上空は十分温度が低くて、六角板状の氷晶が空中に浮いていたものと考えられます。ただし、サスカトゥーンで日の出、日の入りに際して見られるような、強烈な幻日は、極寒の地に独特のものといえるかもしれません。

20171110-04.jpg

(1)虹:虹は空中の水滴によって太陽と反対側に視半径42°の円弧を描く。これは球状の水滴の中で光の反射、屈折によって引き起こされる。さらに外側に薄く虹が見えることがある。視半径51°で、これは水滴の中で2回反射が起こることによるもので、色の並び方が逆になる。

(2)幻日:幻日は太陽の両脇にできる明るい輝点で、幻日の上下に光が伸びる。日の出、日の入りの頃は特に輝きを増し、外側に雲のような白い帯を引く。

(3)幻日は空中に浮かんでいる六角板上の氷晶による屈折により起こるもので、反射によらないため、太陽と同じ側に太陽の両脇に、視半径22°のところに見える。