学長ブログ

19. 核融合、核分裂

太陽のエネルギー、核融合に興味を持ち、横浜でプラズマの勉強を始めました。蛍光灯のような放電管を使い、電圧をかけてプラズマを発生させ、プラズマの境界層を制御する実験です。下宿で最初の英語論文を書き上げたときにはもう真夜中でした。大学院1年生。論文を書き上げたことがうれしくて、手元にあった時刻表を見て、行き先はどこでもいい、夜行列車に間に合うと分かったときには飛び出していました。翌早朝、長野に到着。思わぬ出来事があり、結局、横浜に戻ったのは次の日の夜になっていました。丸二日間、研究室では、石原がいないというので、大騒ぎになっていたそうで、翌朝、指導教授にこっぴどく叱られました。

その後アメリカに留学し、卒業後カナダのサスカトゥーンで、核融合の基礎研究に取り組みました。横浜出身の先輩がすでにカナダで活躍しておられ、先輩に招かれたのです。プラズマ中に乱流を作り出して、集団運動としての乱れのエネルギーを、プラズマの加熱に使おうという試みです。先輩と二人で次々と論文を発表し、アメリカとヨーロッパの国際会議に出かけてはサスカトゥーンにプラズマの研究者ありと、意気込んでいたものです。

カナダからテキサスに移ってからの研究の中心は、プラズマ中の集団運動そのものに興味を持ち、核融合というよりプラズマ基礎物理のほうに移っていきましたが、今日は、最近のニュースから、核融合についての話題を取り上げてみましょう。

太陽は、核融合反応にともなうエネルギーを放出しています。プラズマの温度を上げて、プラズマ中の原子核同士を衝突させると、核融合を起こします。始まりは水素です。原子番号1の水素同士が核融合により原子番号2のヘリウムとなり、次に水素とヘリウムが核融合を起こし、原子番号3のリチウムとなり、さらに原子番号4のベリリウム、原子番号5のホウ素、というように次々に元素が生成されて、原子番号26の鉄まで核融合反応により生成されます。核融合反応は鉄を生成するところで、止まります。1978年のノーベル賞講演でカピッツァ(1894-1984)は制御核融合について語っています。科学研究は、問題を見つけるものの、解決策は予期できないところからやってくる、だから面白いと。

自然界には原子番号92のウランまで存在します。ウランのように重い原子核は分裂してより軽い原子核となります。ウランは核分裂して原子番号56のバリウムと原子番号36のクリプトンになります。核分裂も原子番号26の鉄まで分裂するとそれ以上は進行しません。鉄は安定な元素で、それ以上は分裂しないわけですが、では鉄より重い元素は、そもそもどのようにしてできたのか、という疑問が起こります。恒星の進化の最後と考えられる、超新星爆発に伴って、生成されたのだろうと考えられていました。

2016年7月、新しい元素が発見されたニュースが新聞をにぎわせました。原子番号30の亜鉛イオンを、原子番号83のビスマスイオンにぶつけて、核融合を起こし、原子番号113の元素(ニホニウムと命名されました)を作り出したというのです。しかし作られたニホニウムは安定に存在することなく、1分もしないうちに、核分裂し、より軽い元素に変化していくのです。

2017年10月3日、二つのブラックホールが合体した際に出た重力波を検出した3人の物理学者に、ノーベル物理学賞が与えられることが発表されました。時空のゆがみが宇宙を伝わってくるのを測定したということで、これによって光をはじめとする電磁波に頼っていた宇宙観測が、新たな観測道具を手に入れたことになります。

続いて10月16日、超高密度の天体である二つの中性子星の合体による重力波と、それに伴う放射線を帯びた金属性の破片の放出が観測されたことが報告されました。これまで鉄より重い元素は、超新星爆発で生まれると考えられてきたのが、中性子星の合体で生まれる可能性が出てきたのです。新しい答えが予期せぬところから出てきました。

中性子星合体からの重力波検出と重金属放出を突き止めたのは、世界中の約3500人の研究者が関わっています。近代科学の発展には、コペルニクス(1473-1543)・ガリレオ(1564-1642)・ニュートン(1642-1727)・マクスウェル(1831-1879)・アインシュタイン(1879-1955)といった天才の連鎖が寄与してきましたが、現代科学の発展は多くの研究者の協力体制によって、新たな発見が成し遂げられていくように思えます。地上に太陽を作るという核融合の夢は、現在国際協力による巨大プロジェクトとして続けられています。

横浜での指導教授の田中裕先生は、その後中部大学に移られ、私が中部大学に赴任した春に鎌倉で亡くなられました。そして、この11月、カナダで一緒に研究した先輩広瀬章先生の訃報が、サスカトゥーンから届きました。二人とも、私の人生に大きな影響を与えてくださったことを、感謝するとともに、ご冥福をお祈りします。