学長ブログ

24. 中部大学のトイレとノーベル賞

9号館(講義棟)の外壁改修工事も昨年終わり、再び白亜の建物が美しいキャンパスになりました。改修中に撮った写真と現在の写真を並べてみます。きれいになった講義棟のトイレに入って、あっ、これだと思い出すことがありました。昨年のノーベル経済学賞です。

リチャード・セイラー(アメリカ)が行動経済学に対する貢献により、2017年度ノーベル経済学賞(Economic Sciences)を受賞しました。彼の著書「Nudge」(2008年、キャス・サンスティーンとの共著、邦訳「実践 行動経済学」)の中で、ノーベル賞に輝いた行動経済学の考え方が説明されています。それは強制的に物事をやらせるのではなく、人間の心理を考えて、行動をうながす工夫をすること、というものです。Nudgeというのは、「肘で軽くつつく」という意味で、特定の選択肢に意識を向けさせるために、軽くつつくようなことをするので、こうした行動科学の応用のことを「ナッジ」と呼ぶそうです。

その本の冒頭に説明されているのが、オランダのアムステルダム・スキポール空港のトイレのことです。男子トイレの床の清掃費削減のため、行動経済学が応用されています。小便器の内側に一匹のハエの絵を描くだけで、清掃費が8割減少したというのです。空港の清掃費削減の相談を受けた経済学者は、「トイレを汚さないようにご協力ください」という張り紙をする代わりに、ハエの絵を描いて、「人は的があると、そこに狙いを定める」という心理を巧みに応用して、小便器の周りが汚れるのを防いだというわけです。

中部大学の9号館のトイレでは、ハエの代わりに的として、二重丸の中を塗りつぶした図形(蛇の目(じゃのめ))が描かれています。「ナッジ」は中部大学の中にも使われているというわけです。経済学だけではなく、いろいろなところに応用できそうです。

リチャード・セイラーが12月10日のノーベル賞受賞式後の晩餐会で行ったスピーチの一節を紹介します(意訳してみました)。「大事なことは、人間は過ちを犯すもの(fallible creatures)だと言うことを認めるのです。そうすればよりよい決定をするにはどうしたらいいかを考えることができます。それは決して強制するのではなく、人間の心理や行動パターンを分析して、行動科学を応用すればいいのです。」

セイラーは日本に来たときに、相田みつを美術館を訪れています。そして相田みつをの
『しあわせはいつもじぶんのこころがきめる』

『にんげんだもの』
という言葉に出会い、その言葉の意味するところは行動経済学に通じるものがあると言っています。

行動科学の応用はすでにいろいろなところで使われているようです。セイラーが挙げる別の例。カーブする道路では、幅が狭くなるように線が引いてあるところがあります。自動車を運転しているときに運転手がこれを見ると、スピードを出しすぎているように錯覚し、無意識に減速することになります。これも減速することを強制しているわけではなく、安全のためにそうするように「ナッジ」している例だと言うのです。

イギリスのスターリング大学の行動科学センターで紹介されている「ナッジ」の例をあげてみます。イギリスでは税金滞納者への催促状にそれまで、「早く納めてください!」とお願いしていた文言を、「市民の多くが期限内に税金を納めています」というメッセージに変えたところ、当人は未納の少数派になってしまうと思い、メッセージを受け取ったらすぐに納税し、イギリス政府は大幅な税収増を実現したと報告されています。
アメリカでは「行動科学の応用に関する大統領令」(2015年9月)を出して、政策に行動科学を取り入れ、「原則加入」を前提とし、加入したくない人だけがその旨を申告する方式を導入して年金加入率の向上の成果を上げています。

教育の世界でも、行動科学を応用し、ナッジ理論を実践していきたいものだと考えるところです。

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改修中の9号館(講義棟)

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改修が終わり、白亜の美しい9号館(講義棟)