学長ブログ

2018年1月の記事

24. 中部大学のトイレとノーベル賞

9号館(講義棟)の外壁改修工事も昨年終わり、再び白亜の建物が美しいキャンパスになりました。改修中に撮った写真と現在の写真を並べてみます。きれいになった講義棟のトイレに入って、あっ、これだと思い出すことがありました。昨年のノーベル経済学賞です。

リチャード・セイラー(アメリカ)が行動経済学に対する貢献により、2017年度ノーベル経済学賞(Economic Sciences)を受賞しました。彼の著書「Nudge」(2008年、キャス・サンスティーンとの共著、邦訳「実践 行動経済学」)の中で、ノーベル賞に輝いた行動経済学の考え方が説明されています。それは強制的に物事をやらせるのではなく、人間の心理を考えて、行動をうながす工夫をすること、というものです。Nudgeというのは、「肘で軽くつつく」という意味で、特定の選択肢に意識を向けさせるために、軽くつつくようなことをするので、こうした行動科学の応用のことを「ナッジ」と呼ぶそうです。

その本の冒頭に説明されているのが、オランダのアムステルダム・スキポール空港のトイレのことです。男子トイレの床の清掃費削減のため、行動経済学が応用されています。小便器の内側に一匹のハエの絵を描くだけで、清掃費が8割減少したというのです。空港の清掃費削減の相談を受けた経済学者は、「トイレを汚さないようにご協力ください」という張り紙をする代わりに、ハエの絵を描いて、「人は的があると、そこに狙いを定める」という心理を巧みに応用して、小便器の周りが汚れるのを防いだというわけです。

中部大学の9号館のトイレでは、ハエの代わりに的として、二重丸の中を塗りつぶした図形(蛇の目(じゃのめ))が描かれています。「ナッジ」は中部大学の中にも使われているというわけです。経済学だけではなく、いろいろなところに応用できそうです。

リチャード・セイラーが12月10日のノーベル賞受賞式後の晩餐会で行ったスピーチの一節を紹介します(意訳してみました)。「大事なことは、人間は過ちを犯すもの(fallible creatures)だと言うことを認めるのです。そうすればよりよい決定をするにはどうしたらいいかを考えることができます。それは決して強制するのではなく、人間の心理や行動パターンを分析して、行動科学を応用すればいいのです。」

セイラーは日本に来たときに、相田みつを美術館を訪れています。そして相田みつをの
『しあわせはいつもじぶんのこころがきめる』

『にんげんだもの』
という言葉に出会い、その言葉の意味するところは行動経済学に通じるものがあると言っています。

行動科学の応用はすでにいろいろなところで使われているようです。セイラーが挙げる別の例。カーブする道路では、幅が狭くなるように線が引いてあるところがあります。自動車を運転しているときに運転手がこれを見ると、スピードを出しすぎているように錯覚し、無意識に減速することになります。これも減速することを強制しているわけではなく、安全のためにそうするように「ナッジ」している例だと言うのです。

イギリスのスターリング大学の行動科学センターで紹介されている「ナッジ」の例をあげてみます。イギリスでは税金滞納者への催促状にそれまで、「早く納めてください!」とお願いしていた文言を、「市民の多くが期限内に税金を納めています」というメッセージに変えたところ、当人は未納の少数派になってしまうと思い、メッセージを受け取ったらすぐに納税し、イギリス政府は大幅な税収増を実現したと報告されています。
アメリカでは「行動科学の応用に関する大統領令」(2015年9月)を出して、政策に行動科学を取り入れ、「原則加入」を前提とし、加入したくない人だけがその旨を申告する方式を導入して年金加入率の向上の成果を上げています。

教育の世界でも、行動科学を応用し、ナッジ理論を実践していきたいものだと考えるところです。

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改修中の9号館(講義棟)

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改修が終わり、白亜の美しい9号館(講義棟)

23. 新年を迎えて

新たな2018年の幕開けです。
年末は、東京体育館で行われた第70回全国高等学校バスケットボール選手権大会で、中部大学第一高等学校の父母とともにステイックバルーンを持って応援し、その後大阪の花園ラグビー場で行われた第97回全国高校ラグビーフットボール大会では、中部大学春日丘高等学校の生徒と一緒になってメガホンを握り、「鬼の鬼の鬼のスクラム」と叫び、応援しました。うれしいことに両校とも勝利を収めたのです。

さて、新年にあたって考えたことです。
UNIVERSITY、これは大学と訳されていますが、この言葉から大学のあり方を考えてみます。UNIは一つを表して、VERSは回るという意味。回転する物が一つになる。台風に伴う空気の流れや渦潮に伴う水の流れのように、社会の変化に応じて、変わり続けるいろいろな学問が一緒になって一つの渦を作って行く。そして渦になって変化を続ける学問を学ぶことができる、そんな場が大学だと思うのです。つまりUNIVERSITYは総合大学であり、総合知を身に着けることができる学びの拠点です。中部大学で学ぶ者すべてが総合的な学問という渦の中に入っていけるようにしたいと考えています。
EDUCATION、これは教育と訳されていますが、この言葉から教育のあり方を考えてみます。Eは「外に」という意味を表す接頭語で、DUCは「導く」という意味を含んでいます。自分の中に潜んでいる才能を外に引き出していくということがEDUCATIONです。従って、教育というのは学問を教授伝達することではなく、学問を一人一人の異なる才能が、どのように受け止めるのか、学問を学ぶことを通して、個々の才能を引っ張り出す、その過程が教育だと思うのです。自分の才能を引き出すために、学生は先生の言葉をメモし、考え、質問したり、意見を述べたりしなければなりません。先生の方でも、学問は変化していくものだから、学び続け、それを自分なりに解釈して、学生に話すという行為により、先生自身の才能を引き出していくことになります。つまり、教育とは、教える方も教わる方も共に学びの途上にあり、その中で個々の持つ独特の才能を見いだしていく過程なのではないでしょうか。

中部大学では学びを通して、進化する学問を受け入れ、自分の才能を開花させ、人間として生きる力を大きく作り上げていく、そんな場を作り上げたいと考えています。自分が選んだ専門を中心に、いろいろな学問を俯瞰して学んでいくのです。4月から、新たな総合学習の場である「人間力創成センター(仮称)」を立ち上げます。そこでは専門を横断するような、グローバルな教養を学び、個々人の中に個性豊かな人間力を作り上げていく、そんな学びの拠点になる場を立ち上げたいと考えています。

1月1日の新聞から。
朝日新聞では国際欄の幸福の議論「様々な幸福度のはかり方」が目にとまりました。世界の他の国々と比較すると、日本人は必ずしも幸福とは感じていないようです。自分の才能を見出し、自分のやりたいことを見つけて進むとき、幸福度は上がるのかもしれません。
中日新聞では社説「明治150年と民主主義」で、明治に始まった日本民主主義が振り返られます。そして今資本主義がもたらした広がる格差が取り上げられていました。それを読んで、私は現在拡大する教育の格差が気になりました。
日本経済新聞では1面の「パンゲアの扉 つながる世界」で、ネットで縮まった隔たりを取り上げ、つながる世界と、それにともなうグローバル化の問題を論じていました。パンゲアとはすべての陸地を表す言葉で、かつて一つにつながっていたと考えられる超大陸のことだそうです。確実に、世界はつながってきています。正月には南米で正月を迎えた娘と、そして北欧で正月を迎えた娘ともネットでつながりました。

1月3日の読売新聞では、「2018年大学トップメッセージ~未来を拓く若者たちへ~」として、他大学の学長と共にメッセージを発信しました。「不言実行、あてになる人間 春日井の丘から世界をのぞむ」と題して、「学びと探求の拠点として、世界に広がる地域社会との連携を大切にしていきたいと考えています。」と結びました。

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自宅で飾った鏡餅。学生寮の餅つき大会でついた、つきたての餅を学生さんが届けてくれました。

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