学長ブログ

43. 猫の笑い

1.jpg1月末の日経新聞を読んでいて、チェシャ猫の話があったので、猫の笑いについて思いを巡らせます。

小さいころ落語や浪曲が好きでした。清水の次郎長の子分、森の石松が出てくるもので、
「〽 旅~行けば 駿河の国に 茶の香り...」

今でも覚えているその言い回し、まるで清水港が目に浮かぶように引き込まれていったものです。昨年11月、中部大学同窓会静岡支部が駿河湾の目の前で集まり、富士山を背景にその美しい海を見ながら、卒業生の温かい歓迎を受けました。昔ながらの駿河の人情はそのままです。さてその駿河の国に話を戻すと、
江戸っ子から素性を言わずに、石松が自分のことを聞き出して、ずいぶんとほめられて、
「おお呑みねえ、呑みねえ、江戸っ子だってな」「神田の生まれよ」
と話が弾んだ最後に、
「ふーん、石松ってえのは、そんなに強いかえ」
「ああ、強え。強えは強えが、しかし、あいつは、少々頭のほうが馬鹿だよな。みんないってるぜ。東海道じゃ一等バカだ」
と、落ちがついての笑いとなります。

笑いは言葉とともに、文化的背景もありそうです。以前テキサスに住んでいた頃、その頃小学生だった二人の子どもを連れて、ショーを見に行ったとき、他の観客と一緒に二人が笑い転げるのを見てびっくり。僕にとってはそれほど面白いと思わなかった演者の言葉に、アメリカ文化の影響下で育った子どもたちは反応していたのです。

笑いと言えば、猫は笑うのでしょうか。私の小学校6年生の時の清水先生が、「猫は笑うことがない。だから私は猫が嫌いだ」と言われたことが、妙に何十年経った今でも頭に残っています。しかし、我が家の猫は感情表現が豊かなように思います。自己主張をするし、甘ったれるし、気に入らないときはつめを立てます。私なんかは体中、小さな傷がいくつもあるのです。抱いてやった後、飛び移るときにつめを立てるからです。外に不審な小動物が現れると窓越しに、怒りをあらわします。テレビに猫が出てくると、正座して真剣に画面をにらんでいます。名前を聞くと、返事して、それらしく自分の名前を言うようにも聞こえます。しかし、笑うのかどうかは、まだ結論が出せません。

ルドルフという名前の猫が書いた読み物「ルドルフとイッパイアッテナ」の中では、猫はよく笑っています。岐阜からたまたま飛び乗ったトラックで東京に来て、仲間ができて、仲間同士の会話で笑うのです。斉藤洋さんが猫のルドルフが書いた原稿を手に入れて、本として出版したという設定です。

子ども向きに書かれた物語「不思議の国のアリス」の中で、ニヤニヤ笑う猫が出てきます。主人公のアリスがチェシャ猫に出会うのです。現れては消える不思議な猫です。チェシャ猫はアリスと話した後、体は見えなくなっても笑いの口元だけが残っていく、つまり猫がいない笑い(a grin without a cat)となって消えていくのです。物語の中で、アリスが言います。「ニヤニヤ笑いなしの猫ならよく見かけるけれど、でも猫なしのニヤニヤわらいとはね! 生まれて見た中で、一番へんてこなしろものだわ!」(翻訳はhttps://ameblo.jp/alice-in-wonderland-1013による)。原文は「I've often seen a cat without a grin, but a grin without a cat! It's the most curious thing I ever saw in my life!」。

どうやら猫が笑うのは物語の世界だけなのかもしれません。