学長ブログ

2019年5月の記事

48. 6度目の大量絶滅

加古さとし先生は、1981年に出版された科学絵本「すばらしい世界 わたしたちの生命」の中で、子ども達に語りかけています。

『地球の自然は、150億年かけて宇宙がきずき、50億年かけて地球が生みだし、作り上げてきたものです。地球の自然を、生命の源である海や大地や空気を、限度以上によごしたのでは、生命は死にたえ、生物は滅んでしまいます。この宇宙や地球が、光あふれる世界をきずいてきたように、これからの科学技術も、生命をまもり、たいせつにすることに、むすびついていなければなりません。生命をそこなったり、死滅する方向は、科学や技術の名に値しないものだということです。』( 現在では宇宙誕生は138億年前、太陽系・地球誕生は46億年前と考えられています)

国際的な科学者組織「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム」がまとめて、UNESCO本部で採択されたグローバル評価報告書は、この5月に発表されるや否や、大きな反響を呼ぶことになりました。地球規模での総合的な評価は初めてでした。

世界の人口は1800年には10億人、1900年には16億人、そして2000年には60億人となっています。もう少し詳しく見ると、1970年の37億人から、2019年には76億人というように、世界の人口は近年、急上昇しています。それに伴って農作物の生産が増え、地球環境が人間の活動の影響を受けています。陸地も海もひどい悪影響を受けています。例えばプラスチックごみの海洋汚染は1980年以降、10倍にもなっているそうです。報告書によると、陸地の75%が人間の手で改変され、湿地は85%が失われており、海洋は66%が人間活動の影響を受けています。

世界中に推定される動植物は約800万種あって、そのうち100万種が絶滅の危機にあると報告書にあります。なかでも両生類は、40%以上が危機に直面しています。海洋哺乳類は33%以上、昆虫は約10%が絶滅の可能性があります。現在の生態系喪失の速度は、過去1000万年間の平均に比べて、10~100倍以上で、さらに加速されていると言うのです。このままでは、数十年内に多くの種が絶滅の恐れにあるとのことです。

人は自然から食料や、薬、燃料を得て生活しています。ミツバチなど花粉媒介生物の減少は、穀物生産に影響を与えつつあり、生態系の破壊やサンゴ礁の劣化で、自然災害のリスクが高まっています。動植物の多様性がなくなることは、将来の気候変動や害虫、病気の蔓延などへの耐性が減ることを意味する、と報告書は警告しています。

一方、2015年に科学雑誌Nature Communicationsに発表された論文により、現在は6度目の大量絶滅期を迎えているとの、衝撃的な指摘がなされています。地球は46億年の歴史があり、生命が誕生して38億年、多細胞生物が誕生して10億年が経ちます。そして過去5億年の間に、生物種の大量絶滅期が5度到来したとされており、5度目は約6500万年前の恐竜の絶滅によって知られています。人類の誕生は約500万年前のことです。2015年の論文によると、人類の活動による自然環境の破壊が進む現在の地球の状況では、人類を含む生物は、急激に変化する状況への適応が間に合わず絶滅する、と言うのです。つまり人類は自ら引き起こして、6度目の大量絶滅に直面していると言うのです。

加古さとし先生の1周忌で、先生の生まれ故郷福井県越前市武生にあるお墓にお参りしました(写真参照)。その時、武生の記念館で行われた「化学者加古里子」の対談会の終わりに、娘さんである鈴木万里さんがおっしゃいました。加古さとし先生が、最後まで心残りだったのは、『いまが第6の生物絶滅期にはいっており、その元凶が人間であることを、絵本に書き上げられなかった』ということでした。万里さんの言葉を聞いて、残された我々が、加古さとし先生の思いを受け継いで、経済最優先で生きていていいのか考え、地球を守るための方策を実行していかなければならないと、強く思ったのです。

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福井県越前市にある加古里子先生のお墓

47. ニュートンと貨幣

元号が平成から令和となり、財務省が新紙幣と新しい500円貨幣(硬貨)を発行するというニュースが伝わってきました。世界の多くの国では現金を使わないキャッシュレスの方向に向かっており、日本においてもその流れが進んでいる中での発表となりました。新1万円札の表の渋沢栄一と裏に描かれた東京駅(丸の内駅舎)、新5千円札の津田梅子と裏の藤、新千円札の北里柴三郎と、裏の葛飾北斎による富嶽三十六景神奈川沖浪裏。いずれも日本を代表する人物であり、情景といえるでしょう。偽造防止のために、新札には3次元ホログラムを使い、硬貨の縁に斜めギザを導入して、最先端の技術が使われるとのことです。

紙幣の図柄を見るとその国の文化を感じ、紙幣のコレクションをしたことがあります。改めてそのアルバムを取り出してみました。私がカナダにいるころに収集していたので、すでに旧札となり新札に取って代わられたものも多くあります。

アメリカ紙幣には大統領が描かれています。ワシントン大統領が描かれた1ドル紙幣の裏には、未完成の13段ピラミッドがあり、最下段にはアラビア数字で「MDCCLXXVI」(M=1000、D=500、C=100、L=50、X=10、V=5、I=1)が刻まれています。13段ピラミッドは建国13州を意味し、アラビア数字は建国の年1776年を表しています。そしてピラミッドの上に、光を放つ三角形の中に目が描かれています。その開かれた目は神の目を表していると言い、小さいながらも注意を引きます。

イギリス、カナダ、オーストラリア、ベリーズの紙幣にはエリザベス女王が描かれています。エリザベス女王は先月93歳を迎えられていますが、26歳で即位されたときの顔、その後の顔、とお札の肖像が年を重ねると共に変わっています。イギリス10ポンド紙幣の裏には進化論のダーウィンと彼がガラパゴス諸島で観察したハチドリが描かれています。カナダ紙幣は、カナダの国柄を表して、英語とフランス語の2言語併記で、5ドル紙幣の裏にはアメリカヤマセミが枝にとまっています。ひょうきんな感じのする、毛が逆立った頭部に特徴があるその鳥は、自然を愛するカナダを想像させます。オーストラリアの5ドル紙幣の裏には国会議事堂が描かれています。中米のベリーズの2ドル札の裏にはマヤ文明の遺跡が描かれています。

イギリスにあっても、大幅な自治権を持つスコットランドの紙幣には、エリザベス女王はなく、イギリス(UK、United Kingdom)の歴史を感じるところです。イギリス人に「イングランド出身ですか?」と、たずねると「いいえ、スコットランド出身です」とか、「いいえ、ウェールズ出身です」と返されることがあったことを思い出します。通常、countryは国を意味するわけですが、UK英語ではUKを構成する4つの地域一つ一つを、countryと呼んでいるのです。

中国は毛沢東、中華民国は孫文、韓国は朝鮮第4代国王世宗、タイは数年前に亡くなったプミポン国王と、やはりお札の表はその国を代表する人物が描かれています。

ヨーロッパでは欧州連合(EU)となってからはユーロが使われており、人物肖像をやめて表に建造物が描かれ、裏には橋とヨーロッパの地図が描かれています。これらは地図を除いて、すべて架空のデザインということで、ヨーロッパらしさは感じられても、歴史文化の香りがなくなって、寂しい気がします。

さて、昔から通貨の偽造を取り締まることは国家の威信にかかわる問題でした。江戸時代、芭蕉と同時代のニュートンは45歳で、プリンキピア(自然哲学の数学原理)を出版して、その時代の最高の科学者と考えられていました。そのころ英国では本物10に対して偽物1の割合で、偽物が出回っていると言われるほど、偽造貨幣が使われており、それを克服すべく当時の最高の科学者が関わることになるのです。ニュートンは50代半ばで英国造幣局(The Royal Mint)の長官として偽造貨幣の摘発や偽造防止技術の開発に取り組みました。現在日本の500円硬貨などで使われている「ギザ」と呼ばれる、縁がギザギザの溝は、ニュートンの考案とも伝えられています。それで英国の技術が進み、海外の貨幣の受注もするようになったそうです。2年前に英国造幣局はニュートンの功績を称え、生誕375年を記念してコインを発行しています。こうして通貨にはその国の最高の技術が使われ、偽造を防いでいるというのです。

現在の日本の通貨に関する技術は高く、例えば500円玉の500の「0」の中に、斜めにして初めて見えてくる「500円」という小さな文字などの加工があります。今では日本の進んだ技術により、他国の貨幣も受注しているとのことです。これから発行される日本の新しい通貨を、科学の粋を極めた成果として見るのも興味深いことでしょう。

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