学長ブログ

47. ニュートンと貨幣

元号が平成から令和となり、財務省が新紙幣と新しい500円貨幣(硬貨)を発行するというニュースが伝わってきました。世界の多くの国では現金を使わないキャッシュレスの方向に向かっており、日本においてもその流れが進んでいる中での発表となりました。新1万円札の表の渋沢栄一と裏に描かれた東京駅(丸の内駅舎)、新5千円札の津田梅子と裏の藤、新千円札の北里柴三郎と、裏の葛飾北斎による富嶽三十六景神奈川沖浪裏。いずれも日本を代表する人物であり、情景といえるでしょう。偽造防止のために、新札には3次元ホログラムを使い、硬貨の縁に斜めギザを導入して、最先端の技術が使われるとのことです。

紙幣の図柄を見るとその国の文化を感じ、紙幣のコレクションをしたことがあります。改めてそのアルバムを取り出してみました。私がカナダにいるころに収集していたので、すでに旧札となり新札に取って代わられたものも多くあります。

アメリカ紙幣には大統領が描かれています。ワシントン大統領が描かれた1ドル紙幣の裏には、未完成の13段ピラミッドがあり、最下段にはアラビア数字で「MDCCLXXVI」(M=1000、D=500、C=100、L=50、X=10、V=5、I=1)が刻まれています。13段ピラミッドは建国13州を意味し、アラビア数字は建国の年1776年を表しています。そしてピラミッドの上に、光を放つ三角形の中に目が描かれています。その開かれた目は神の目を表していると言い、小さいながらも注意を引きます。

イギリス、カナダ、オーストラリア、ベリーズの紙幣にはエリザベス女王が描かれています。エリザベス女王は先月93歳を迎えられていますが、26歳で即位されたときの顔、その後の顔、とお札の肖像が年を重ねると共に変わっています。イギリス10ポンド紙幣の裏には進化論のダーウィンと彼がガラパゴス諸島で観察したハチドリが描かれています。カナダ紙幣は、カナダの国柄を表して、英語とフランス語の2言語併記で、5ドル紙幣の裏にはアメリカヤマセミが枝にとまっています。ひょうきんな感じのする、毛が逆立った頭部に特徴があるその鳥は、自然を愛するカナダを想像させます。オーストラリアの5ドル紙幣の裏には国会議事堂が描かれています。中米のベリーズの2ドル札の裏にはマヤ文明の遺跡が描かれています。

イギリスにあっても、大幅な自治権を持つスコットランドの紙幣には、エリザベス女王はなく、イギリス(UK、United Kingdom)の歴史を感じるところです。イギリス人に「イングランド出身ですか?」と、たずねると「いいえ、スコットランド出身です」とか、「いいえ、ウェールズ出身です」と返されることがあったことを思い出します。通常、countryは国を意味するわけですが、UK英語ではUKを構成する4つの地域一つ一つを、countryと呼んでいるのです。

中国は毛沢東、中華民国は孫文、韓国は朝鮮第4代国王世宗、タイは数年前に亡くなったプミポン国王と、やはりお札の表はその国を代表する人物が描かれています。

ヨーロッパでは欧州連合(EU)となってからはユーロが使われており、人物肖像をやめて表に建造物が描かれ、裏には橋とヨーロッパの地図が描かれています。これらは地図を除いて、すべて架空のデザインということで、ヨーロッパらしさは感じられても、歴史文化の香りがなくなって、寂しい気がします。

さて、昔から通貨の偽造を取り締まることは国家の威信にかかわる問題でした。江戸時代、芭蕉と同時代のニュートンは45歳で、プリンキピア(自然哲学の数学原理)を出版して、その時代の最高の科学者と考えられていました。そのころ英国では本物10に対して偽物1の割合で、偽物が出回っていると言われるほど、偽造貨幣が使われており、それを克服すべく当時の最高の科学者が関わることになるのです。ニュートンは50代半ばで英国造幣局(The Royal Mint)の長官として偽造貨幣の摘発や偽造防止技術の開発に取り組みました。現在日本の500円硬貨などで使われている「ギザ」と呼ばれる、縁がギザギザの溝は、ニュートンの考案とも伝えられています。それで英国の技術が進み、海外の貨幣の受注もするようになったそうです。2年前に英国造幣局はニュートンの功績を称え、生誕375年を記念してコインを発行しています。こうして通貨にはその国の最高の技術が使われ、偽造を防いでいるというのです。

現在の日本の通貨に関する技術は高く、例えば500円玉の500の「0」の中に、斜めにして初めて見えてくる「500円」という小さな文字などの加工があります。今では日本の進んだ技術により、他国の貨幣も受注しているとのことです。これから発行される日本の新しい通貨を、科学の粋を極めた成果として見るのも興味深いことでしょう。