学長ブログ

99. ネアンデルタール人

新型コロナウイルス感染症は世界中で死者が100万人を超えるまでに拡がっており、まだ終息の気配すら立たないようです。そんな中で、ヨーロッパを含め南北アメリカやインドで死者が多く、東南アジア・アフリカでは死者が少ないことが注目されています。たとえば死者数で言えばアメリカでは20万人、ブラジルでは15万人を超え、インドでは10万人、英仏伊西といった国では3万人を超えているのに対して、日本の死者は1,600人、東南アジアの国々やアフリカでは1,000人以下のところが多いのです。

そんな時、9月30日付のNatureに論文が発表されました。タイトルは、

The major genetic risk factor for severe COVID-19 is inherited from Neanderthals
(重症化する新型コロナウイルス感染の遺伝リスク要因は、ネアンデルタール人からもたらされた)

著者はマックス・プランク進化人類学研究所所属のHugo ZebergとSvante Pääboの二人です。スウェーデン人のスバンテ・ペーボ博士は今年の2月に古人類学への貢献によって日本国際賞を受賞しています。ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』を参考にしながら、人類史の始まりに遡ってみることにします。年代や呼称については学者の間で議論があるようですが、ここでは大雑把な流れを掴むことにします。

250万年前に原人と呼ばれるヒト属がアフリカに出現し、50万年前に南ヨーロッパでヒト属の一種で旧人と呼ばれるネアンデルタール人が出現。そして20万年前、アフリカのボツワナのあたりで新人と呼ばれ、我々の祖先である現生人類ホモ・サピエンスが登場しました。6万年前に新人はアフリカから、各地へ旅立ち、中東でネアンデルタール人と出会い、遺伝的に異なるものが交配を行う交雑(異種交配)を経て、その後ヨーロッパ、アジアに広がっていったと言われています。

論文ではネアンデルタール人のDNAの一部がホモ・サピエンスに受け継がれていることが分かったというのです。ではそれはどのように現状のコロナ禍に関係するというのでしょう。ホモ・サピエンスはネアンデルタール人から新型コロナウイルス感染症の重症化にかかわるリスク要因を受け継いだ、つまり重症化リスクはホモ・サピエンスがもともと持っていたわけではなく、ネアンデルタール人由来だというのです。論文では重症化にかかわる遺伝子を持つ人が、南アジア、ヨーロッパ、南北アメリカに分布しており、日本など東アジアやアフリカではほとんどみられないとの報告です。

ヨーロッパ、南北アメリカや、インド、バングラデシュといった南アジアで新型コロナウイルス感染症の死亡率が高い理由が遺伝子情報によって説明され、原因はネアンデルタール人にあるという。ネアンデルタール人は3万年前に絶滅し、ヒト属の中で唯一生き残ったホモ・サピエンスは、1万2千年前の農業革命そして500年前の科学革命を経て現在に繋がっています。

その科学革命の結果が、コロナ禍という人類の試練を通して、ネアンデルタール人との繋がりを明らかにしたのです。基礎研究が、物理学、化学、生物学、医学、生命科学、人文科学、考古学等といった学問領域を超えて、一つの謎を解き明かしたように、これからの基礎研究は縦型になった学問分野を横断して進んでいくという、方向性が示されているように感じたところです。