学長ブログ

2020年11月の記事

102. プラセボ効果

神経質な少年は夜寝床に入る時、枕元に衣服を畳んでおき、地震や何かがあったら、いつでもそれを着て逃げることができるようにしていました。伊勢湾台風の恐怖の記憶が彼をそうさせたのか、あるいは彼の用心深い性格がそうさせたのか。また少年は小学生の頃、夜に寝床に入っても寝付けない、いわゆる不眠症だったのです。子供が不眠症になるなんてと、心配した母親はお医者さんに薬を処方してもらって、それがよく効いて少年は不眠症から解放されることになりました。

少年が大人になって、亡くなった母親の思い出を兄や姉と語るとき、「母親は偉かった」と、そのことを話題にすることがあります。5人兄弟の末っ子だった少年は、母親が用意した栄養剤を薬だと思って飲んで、いとも簡単に不眠症が直ったのです。実は当時、兄や姉は薬が栄養剤だと知っていたのです。

こうした薬の成分の入っていない偽薬のことはプラセボと言われています。実薬だと偽って患者に投与すると、ある確率で症状が改善することは古代から知られており、プラセボ効果と言われています。プラセボはラテン語で『喜ばせる』という意味です。しかし、心と体の不思議な関係はまだ現代の医学でも解明されているわけでは有りません。

新型コロナウイルスが今なお世界中に広がっています。感染者は6000万人、死者は140万人になるといいます。そんな中、ワクチンの開発が次々と報告されています。グローバル化が進む今、国境を越えてウイルスは広がる一方で、国境を越えた科学者が連携してワクチンを開発しています。今回いち早く予防効果95%のワクチンを開発したと発表した米製薬企業大手ファイザーは、ギリシャ人を最高経営責任者に持ち、その共同開発に関わったドイツのバイオ医薬ベンチャーのビオンテックは、トルコからの移民1世が創業したものです。

ファイザー社は最終段階の臨床試験で、参加した4万3千人を二つのグループに分け、一つのグループにワクチンを接種し、もう一つのグループに偽薬を接種しています。プラセボ効果を相殺するための試験方法です。ワクチンを接種した人から発症者は8人で、偽薬接種者から162人の発症者が出ています。ワクチンを接種しても8人は発症していることから、(162-8)/162=0.95によって、ファイザー社はワクチンの有効性を95%と結論づけています。

プラセボ効果は心理的なものか、脳の働きによるものかはわかりません。しかし、寝つきもよくなり、不眠症からも解放された少年の神経質と言われた性格は、中学校に入り、大人になるにつれて、時に無頓着と言われるほどまでに変わっていきました。

中部大学には睡眠相談室を設置しています。神経質だった少年が学長となった今、睡眠障害で困っている学生のことを聴くと、共感するとともに、陰ながら応援をしています。

101. 気嵐

週末のニュースによると、今季一番の冷え込みを迎えた奈良公園では、池の表面から湯気のように霧が立ち上る気嵐(けあらし)が観測されました。奈良市では昼間20℃近くまであったのが、朝方には4.6℃まで下がったそうです。冷やされた陸上の空気が比較的暖かい池のほうへ流れ出し、水面の水蒸気を冷やすことによって発生するといわれ、蒸気霧ともいわれるそうです。

カナダの中央に位置するサスカチェワン州のサスカツーンという街に住んでいたころのことを思い出しました。秋の終わりに、インディアンサマーと呼ばれる異常なほど暖かい日が続いたあと、11月に入ると冬が訪れ、気温はどんどん下がっていき日も短くなります。-10℃、-20℃、そして12月も後半になると-30℃を下回る日もでてきます。

サスカチェワン大学から川を挟んだところに住んでいました。朝早く車で家を出て大学に向かいます。光り輝いて、上方に向かって光の柱が立つ美しい朝日。川沿いの通りに出ると、川から立ち上る湯気のような霧が温泉にでもいるような気分にさせます。しかし車の外は極寒。

中国のことわざに「氷凍三尺、一日の寒にあらず」(川に三尺の氷が張るのは、1日の寒さによるものではない)というように、流れる水はなかなか凍ることはありません。

川の表面は氷が張っても、水面下では凍ることなく流れていて、水面上は陸地よりも温度が高く、空気の流れができて冷たい気流の中に霧が発生します。川沿いに植えられた木々は霧氷で覆われて、白い花が咲いたような美しさになります。冬の間中、この幻想的で美しい景色を見ながら大学に通うのが楽しみでした。

あとになって、日の出と思ってみていた美しく力強い朝日は実は偽物で、それが幻日(サンドッグ)であることを知ることになります。これについてはブログNo.18で詳細に記しています。

さて、話を現実に戻すと、寒さがやってくると心配なことは新型コロナウイルスのさらなる感染拡大です。オーストラリア、ブラジル、南アフリカといった南半球に位置する国では、冬に当たる7月末から8月初めに感染者数が最大になったことが報告されています。

これから寒くなり、空気が乾燥してくるとウイルスは感染力を強めてきます。その一方で、寒さに伴って体温が下がると我々の免疫力が落ちてきます。一部まだ遠隔授業が行われていますが、キャンパスには多くの学生が集まっています。構内に入るところでは検温が行われ、学生の皆さんはマスク着用で、感染予防は万全です。引き続き、皆さん気をつけましょう。

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